[コラム,ブルワー]2016.12.24

地ビールと地酒の融合! ビール誕生秘話 1本目 【松江ビアへるん おろち編】

クラフトビール人気の高まりに伴い、新規のブルワリーが全国で誕生している。伝統的なビアスタイルを追求したもの、既存のビアスタイルを進化させたもの、今までにない味わいを打ち出したものなど、ビールが生み出す様々な形で私たちを時に喜ばせ、驚かしてくれている。そこには完成までにどのようなドラマがあったのだろうか?「ビール誕生秘話」では、ビール誕生までを関係者に話を伺っていく。

第1回目は島根ビール株式会社(ブランド名:松江ビアへるん)の「おろち」を紹介していく。4年前より年末に発売し、販売リリースをすると1週間程度で予約完売してしまう人気ビールだ。

ビール酵母と清酒酵母の2段発酵が決め手!

最初に「おろち」はどんなビールなのか。「原料に島根県の酒蔵で、実際に清酒に使用されている酒米麹を使用しています。酒米麹を使用することで、その酒蔵の清酒のフレーバーをしっかりと表現しているビールです」と松江ビアへるんの矢野学氏は言う。

清酒酵母を使用するビールは他にも存在している。「おろち」も清酒酵母を原料に使用しているが、ビール酵母も使用している。2つの酵母はどのように働くのか。

「どちらも糖分を食べてアルコールを作ってくれる点は同じです。しかし、酵母によって、糖分の好き嫌いが強くあります。ビール酵母は、麦芽からできる糖分(主に麦芽糖)が大好きで、ビールらしいフレーバーを造ります。清酒酵母は麹米からできる糖分(主にグルコース)が好きで、清酒らしいフレーバーを造ってくれます。面白いことに、お互いの好きなものを横取りして食べるということは余りないようです。ただ、酵母は、2種類が同時に存在すると、片方の勢力が一気に強くなる特性があります。そのため発酵中は、ビール酵母が働きやすい段階、清酒酵母が働きやすい段階と『2段発酵』のような形をとっています」と清酒のフレーバーをしっかりと生み出しながら、ビールの特徴もしっかりと感じられる秘訣を話す。

美味しいビールのため、こまめな品質チェックは欠かせない ※写真のビールはおろちではありません

美味しいビールのため、こまめな品質チェックは欠かせない
※写真のビールはおろちではありません

酵母からの香りを全面に出すため、ホップの香りは極力出ないようにしている。苦味もビールとしての味を引き締める程度とし、隠れてわからないぐらいのバランスにしている。ちなみに今年はハラタウ・ヘルスブルッカー、ハラタウ・ミッテルフリューを使用している。

日本酒の国、しまねで生まれ育ったからこそ生まれたビール

独特の発酵方法で造られる「おろち」。誕生のきっかけは何だったのか。「日本酒の造り手になりたいと思ったことがあったこと。地元、島根県は日本酒の国と言われるほど酒蔵も非常に多くあります。私だけかもしれませんが、それぞれのいいとこ取りをビールで表現しようと思うのは自然の流れでした」ときっかけを語る。

しかし、新しい醸造方法を試すことに会社内では反対はなかったのか。

「アイデアが生まれた当初は、まだまだ地ビールを販売するということが難しい時期でもあり、島根オリジナル、松江ビアへるんオリジナルを模索しているときでした。チャレンジ精神も旺盛な時期でしたので、『みんなでやってみよう!』とすんなり進んだように思います」と前向きな姿勢であったという。

谷工場長(左)と矢野社長(右)。2人は創業当初より支え合ってビール造りに励んでいる

谷工場長(左)と矢野社長(右)。2人は創業当初より支え合ってビール造りに励んでいる

君の名は「おろち」!

「おろち」という名前の由来は、出雲神話の「八岐(やまた)のおろち」だ。

「『おろち』の名前をつけた当初は、お酒と縁がある神話で、高アルコールのビールと大蛇の強いイメージが共通すると思っていましたが、よく考えると、お酒に酔って退治されてしまう方の名前でした(笑)。現在では、飲みやすく強いビールで「おろち」のように酔いつぶれてしまわないようにという教訓でしょうか?飲んで考えてみていただければ、ちょっとうれしいです」とイメージについて語る。

紫のラベルは神社仏閣、神話のような神聖なイメージや酒蔵さんでもよく使われる色から「おろち」のテーマカラーとしている。

地酒も地ビールも同じ「地の酒」という想いから

「おろち」は毎年、使用する酒蔵の酵母や酒米麹を変更している。これについて矢野氏は「松江ビアへるんのテーマの1つに『島根のローカルビール』があります。島根には多くの酒蔵があり、それぞれの美味しさがあることを覚えてほしいと思っています。『また島根に足を運んで欲しい』という想いから、島根の約30の酒造の『おろち』を造りたいと考えています。それに地酒も地ビールも同じ『地の酒』という想いもあり、島根の地酒としてお互いにPRや協力ができたらと考えてこの形をとっています」と生まれ育った島根への愛情があるのだ。

島根への強い想いが込められている「おろち」。そうした想いを知って飲むと、また違った味わいを感じられるのではないだろうか。 ※写真は昨年の李白version

島根への強い想いが込められている「おろち」。そうした想いを知って飲むと、また違った味わいを感じられるのではないだろうか。
※写真は昨年の李白version

これに対して、コラボレーションをしている酒蔵はどのように思っているのか。

「毎年、新しい酒蔵さんにお願いに行きますが、みなさん想像もつかない様子です。なので、必ずその時に、前年の「おろち」を持参して飲んでもらっています。すると、『面白い!』と言っていただき、その酒蔵の特徴があることを理解していただけて「やりましょう!」と承諾してくださいます。それと、『イチオシの清酒に使う米麹を作って下さい』とお願いしているので、蔵元らしさを大事にしたいという想いも伝わっているのだと思います」とやりとりを話す。

今年は「七冠馬」と「開春」の2本立て!

「おろち」は醸造量が少ないため、「今年は飲めなかった」、「売り切れていた」という声が毎年あがる。こうした声は矢野氏にも届いており、悩みの種になっていた。

「おろち」は使用する酒蔵の米麹の準備や醸造・発酵期間に半年以上を要すること、通年ビール醸造の関係で、これまで発酵タンク1本分の醸造しか行うことができなかった。

しかし、「例年あっという間になくなってしまうこともあり、今年は初めてタンク2本分仕込みました。ただ、昨年冬に思い立ったため、タンク2本目の酒米を確保していませんでした。急遽、蔵元さんを探し、一昨年お世話になった若林酒造「開春」さんを用意できることになりました。今年は蔵元違いの2種類の「おろち」を造りました。これは多分、最初で最後になると思います。」と今年は蔵元違いの「おろち」が販売される。

歴代のおろちたち 左から都錦、十旭日、開春、李白、七冠馬

歴代のおろちたち 左から都錦、十旭日、開春、李白、七冠馬 ラベルも少しずつ変わっていっている

2つの「おろち」にはどんな特徴があるのだろうか。「簸上(ひかみ)清酒『七冠馬』は純米酒イメージ。芳醇な麹の香りとしっかりした、飲みごたえのある『おろち』です。それに対して、若林酒造『開春』は吟醸酒イメージ。軽い飲みくちと香りも華やかな『おろち』になっています。味わいの違う2種類となっています。ぜひ飲み比べして下さい!」とのことだ。

そして、来年より毎回2タンクの醸造を行う予定だ。「年間で数種類の『おろち』を出せるようにチャレンジし、松江ビアへるんのフラッグシップビールの1つに育てたいと考えています。これからは、もっとたくさんの方に『おろち』を体験していただけると思います」と今後の展望を語る。

需要も多く、醸造設備を増築して、多くのファンへ供給できるように対応している ※写真は増築前のもの

需要も多く、醸造設備を増築して、多くのファンへ供給できるように対応している
※写真は増築前のもの

年末に発売している理由としては「年間で一番お酒を身近に感じる新年のお神酒(おみき)として飲んでいただきたいと思います」とのことだ。

まもなく迎える新年のお神酒として、「おろち」を選んでみてはいかがだろうか。発売日は12月29日を予定している。

◆松江ビアへるん(島根ビール株式会社) Data

住所:〒690-0876 島根県松江市黒田町509-1

電話:0852-55-8355

E-mail:beer@shimane-beer.co.jp

Homepage:http://www.rakuten.co.jp/beerhearun/

おろち松江ビアへるん矢野学氏

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

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