[コラム,ブルワー]2017.3.4

「恩送り」の精神で地元産業を支え合うビール! 【ビール誕生秘話 2本目 いわて蔵ビール 福香編】

2011年3月11日。間もなく丸6年の日が経過しようとしている。復興の歩みは少しずつ進んでいるというが、まだ多くの支援が必要な状況だ。クラフトビール業界においても積極的に東北支援に取り組んでいる方たちがいる。そのなかにおいて、地元の元気と復興に向けた気概を見てもらうために醸造されているビールがある。それが、今回ご紹介する「いわて蔵ビール 福香」だ。被災者でもある彼らは何故、このビールを造ろうと思ったのか。社長である佐藤航氏にその想いを訊いた。

「恩送り」の精神で「支援の心」を循環させる!

「これでは焼け石に水だ…」

このプロジェクトの開始後に売り上げの一部を義援金として、三陸復興に頑張られている企業に渡した際、自立を助ける効率的な使われ方にならないことを感じたという。

「それだったら震災で大変だった企業の商品を買い取って、「福香」と一緒に送り、その会社のPRも一緒にした方が、効率よく支援できるのではないかと思い、義援金の使い方を変えることにしました。変更した内容を『恩送りプロジェクト』と名付けました。これは、自分が買ってくれたお金で、次の人にプレゼントを贈れる仕組みです」

「恩送り」という言葉はご縁のある作家・劇作家の井上ひさしさんに教えられた言葉だ。

「恩送りプロジェクト」の仕組み【いわて蔵ビール資料より】

「どうしたら被災者の方たちを応援する形を作れるだろうと考えたときにお金を渡すだけではなくて、仕事を創るということが重要と思いました」

現在もらえるのは陸前高田市にあるバンザイファクトリーの「星影のパスタ」だ!生パスタならではの食感がたまらない

経営者である佐藤氏だからこそ「どうしたらスムーズに復興へ活かしていけるか」を考えた行動であると話を聴いて感じた。

もともと造るつもりがなかった

では、「福香」はどのような経緯で誕生したのか?

「実はもともと、造るつもりがなかったんですよ。震災時、私たちの工場も壊れてしまったので、その時期に北里大学海洋バイオテクノロジー釜石研究所の笠井教授からお話がきました」

工場のある一関は岩手県の内陸にあるため、津波の被害はなかったものの震度6という強い地震に見舞われた。タンクが傾き、工場も壊れ、3ヶ月間醸造中止となる被害を受けた。このプロジェクトはこのような状況下において、生まれたのだ。

一ノ関も大きな被害を受けた東日本大震災。傾いたタンクや崩れた蔵の石の修復には日本を代表するとあるブルワーの活躍があったという。【写真提供:いわて蔵ビール】

「釜石研究所は津波で流されてしまったのですが、笠井教授から『瓦礫のなかから樹齢360年の天然記念物である桜の酵母(石割桜の酵母)が助かった。この酵母を使用して、商品化をしてほしい』と言われました。実際には醸造を中止していたので、自分たちのビールも欠品していましたので、難しいと伝えました。しかし、『他にもあたったが、同じような回答だった』ということを聞き、だったら自分たちが造ろうということになりました」

商品開発にあたり、佐藤氏も笠井教授が何故、ここまで生き残った酵母使って、商品を造りたいのかを訊ねたという。

「震災で流されたものが、人命、財産、文化財それに学術的資産も流されてしまいましたと。瓦礫の中から奇跡的に無事だった酵母を使って商品化することで、そういったことも知ってほしいと笠井教授から熱く語られました」

その熱い想いを訊いて、佐藤氏は「これはやらなきゃいけない」と感じたといいます。

まさかのビール酵母じゃない…

「でも、よくよく話を聞いていくとこの酵母、ビール酵母じゃないんですよ(笑)この酵母、パン酵母に近いものでした。昔、ドイツではビールに使っていたけど、パン酵母に近いので、なかなか発酵しないんです」

2011年6月から試験醸造を開始するも、失敗が続いた。後藤工場長とともに悩む日々を送ったという。ようやく試験醸造に成功したのは半年経った12月のことだった。

「いわて蔵ビール」の試験醸造設備。何回もの失敗を重ね、「福香」はようやく完成した

「私たちとしてはこのビールで利益を得ようと考えていなくて、『岩手から福の香りを届けよう。私たちは元気だ!』と。復興で何かをもらうよりも逆に私たちの元気を発信していった方が良いと考えました。それで『福香』と名付けることにしました」

やさしさと力強さを備えたビール!

石割桜の酵母はビール酵母でないため、現在でも醸造には苦労をしているという。

「アルコールに変化にしにくいので、なかなか品質が安定しないのが課題ですね。孝紀くん(後藤醸造長)ともうちょっと美味しくするにはどうしたらいいのかと常に話し合っています」

酵母は醸造所で培養し、育ててから使用するなど改良を重ねている。

では、どんなビールなのか。実際に飲んでみた。

花のアロマが爽やかに香り、口に含むとみずみずしい花の蜜を想わせる風味が鼻へと広がり抜けていく。苦味はほとんど感じられず、後味にほんのりとモルト由来の甘味が感じられる。飲み口は優しく、しっかりとした香りには力強さが感じられる。これからの桜の時期によく合うビールだろう。

どことなく春らしさも感じられるビール。花見に持っていくのもいいだろう

「福香」を通じた「恩送り」プロジェクトにより現在まで4社の商品を届けている(詳細はhttp://www.sekinoichi.com/fs/sekinoichi/c/fukuko_seriesから)。そして、その支援はこれからも続いていく。

「福香」はいわて蔵ビールのホームページを中心に購入することが可能だ。この春は「恩送り」の気持ちで、大好きなビールを通じた復興支援をしてみてはいかがだろうか。

◆いわて蔵ビール Data

住所:〒021-0885 岩手県一関市田村町5-41

電話:0191-21-1144

E-mail:staff@sekinoishi.co.jp

Homepage:http://sekinoichi.co.jp/beer/

Facebook:https://www.facebook.com/IWATBEER/?fref=ts

いわて蔵ビールビール誕生秘話東北復興支援福香

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

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<Web>
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