[ブルワー]2013.6.14

J-BREWERS にっぽんのクラフトビールのつくり手たち 02_鈴木等&由実子 

ブルーパブ埼玉県小川町鈴木由実子鈴木等雑穀ヴァイツェン雑穀工房マイクロブルワリー

JBA・1期生 高山です。
ブルワーのパーソナルヒストリーにフォーカスした連載第2回です。
よろしければおつきあいください。

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02  鈴木等 由実子 SUZUKI Hitoshi Yumiko
麦雑穀工房マイクロブルワリー ヘッドブルワー

鈴木夫妻

鈴木夫妻

「滋味あふれる自家作物でクラフトビールのドメーヌを目指す」

(本原稿は、2012年11月29日の取材に基づいています。文中敬称略)

 

東京・池袋から東武東上線に揺られて埼玉へ。小旅行気分で目指すのは小川町にある「麦雑穀工房マイクロブルワリー」だ。
小川町の中心には、その名の通り、槻川(つきがわ)という川が流れている。町は「武蔵の小京都」と称され、その自慢は水のよさだ。水がよければ酒もよい。関東灘とも言われる名醸地で酒蔵が今も三軒ある。1300年も前からつくられているという和紙も有名だ。これまた清流の恩恵だと言うことができるだろう。

槻川

創業者・馬場勇は、
埼玉・深谷の農家生まれ。

馬場勇(67)は電子工学の専門家である。大学で教鞭を執っていた。家ではパソコンに向かっている、それが彼が家族に見せている仕事の姿だった。ただ、休日になると、子どもたちを連れてホームセンターに行き、種や苗木を買ってきては家庭菜園を楽しんだり、DIYでいろいろなものをつくっては楽しんでいた。無機質なデジタルの世界にないものを求めるが如く。
彼は埼玉・深谷の農家に七人兄弟の末っ子として生まれた。その頃の深谷では、米が獲れず麦が人々の暮らしを支えていた。うどん、すいとん、麦飯。麦の文化の中で馬場は育ったのだ。そんな暮らしの中に雑穀も日常食としてあった。今でこそ、健康志向の人たちに雑穀はもてはやされているが、当然のことながら馬場はそんなことを考えたこともなかった。
「父から当時の話もよく聞かされました。麦も雑穀も美味しいから食べる。父にとっては実にシンプルなことだったみたいです」と長女の由実子(39)は言う。

麦と雑穀

58歳で退職。
本格的に畑仕事を始める

馬場の根っこにある子ども時分の深谷での生活体験は、彼の心の底にあり続けた。そして、移り住んでいた小川町でいよいよ麦や野菜の栽培を本格的に始める。畑仕事に夢中になればなるほど、できあがった作物をどうすればいいかが悩ましかった。家族で食べ、お裾分けをしてもとても使い切れる量ではなかったのだ。そんなある日、ホームセンターでビールキットと出合う。それをきっかけとして自らつくった麦をビールという加工品にすることを思いつく。水のよい小川町に越してきていた幸いを思わないわけにはいかない。
馬場はもともと研究者だけに、醸造の世界に興味が沸くや否やその探求心に火がつく。大学での仕事に加え、畑仕事とビールづくりを独学で学び、醸造免許取得へと動いていく。そして免許取得の翌年、満を持して大学の職を辞する。そうしてスタートしたのが麦雑穀工房マイクロブルワリーだ。自家製麦の旨みを味わってほしくて小さな手づくりのパブも併設された。作物として麦をつくり、麦芽化し、ホップを手に入れ仕込む。そしてそれをパブで供する。一つとして手を抜くことができない性分の馬場にとっては、全部を一人でこなすことは思った以上に重労働だった。
「ときどき父が、少しでもいいから手伝ってくれないかなぁ、と漏らすようになりました」
由実子は鈴木等(38)と結婚して東京で暮らしていた。

麦雑穀工房マイクロブルワリー外観

鈴木たちは新しい暮らしを
求めていた。

鈴木はホテルの裏方を支える企業の営業マンだった。ファッション好きだった由実子はアパレル勤務。都内にマンションを買い、仕事も充実していた。その頃に父からの「手伝ってほしい」という声がちらほら聞こえてきたのだった。それは、お互いにあまりに忙しすぎて、これが自分たちが求める生活なのかちょうど疑問に思い始めた頃とも重なった。
「環境を変えようかって話していたところでした」(鈴木)
東京以外の場所に住んで、ゆっくり暮らしてみるのもいいかもしれない。それで仕事の合間に父の工房を手伝えれば喜んでもらえるだろう。ならば、いっそのこと小川町に住めばいい。それが二人のプランだった。
いったん事を起こすと、東京のマンションはすぐに買い手がつき、小川町でも住む場所があっという間に見つかってしまう。思っていた以上に早く鈴木たちは田舎暮らしを始めることになった。
「有休を消化する間と失業保険がもらえる間に義父を手伝っていたんですが、義父のビールには大手のビールとは違う旨さがありましたし、気がついたらそのままビールづくりはまってしまいました」
もともと馬場は畑仕事こそがしたかったので、ビールづくりとパブは鈴木と由実子に引き継ぐことにした。そして自分は麦や雑穀づくりに専念し、よりよい原料を提供することでビールの品質を上げる。そういう役割分担ができあがって、今の麦雑穀工房マイクロブルワリーのスタイルができあがった。

木に触れて落ち着く
手づくりのパブ。

麦雑穀工房店内

11時から開いているこの手づくりのパブは、取材時にはストーブでぽかぽかに暖められていた。このブルワリーでつくられた歴代のビールのボトルや、他のブルワリーのボトルがぎっしりとディスプレイされている。木のカウンターの背後には、馬場を取材した記事のコピーやビールに関する蔵書がある。小さな細長い木の空間。
カウンターの奥では由実子が自家製の野菜を刻み、ピクルスを仕込んでいる。鈴木は隣の工場でボトリングの作業をしていた。ストーブの上で静かに湯が沸いている。時折、コンプレッサーの音が響いてくる。
ここの定番は次の3つだ。
「雑穀ヴァイツェン」
「茜レッドエール」
「おがわポーター」
自家製のライ麦・キビ・アワを使った雑穀ヴァイツェンはこのブルーパブの看板。馬場の時代からのファンがつくビールだ。

ビールメニュー

三種類の定番に
新しいブルワーの+アルファ

「馬場時代の方がより雑穀感があったと昔からのお客さんには言われます。もっとすごく重たいビールだったと。私のヴァイツェンは、よく言えば、洗練され始めって言われるんですよね。決してそんなことは狙っていないんですが。
ま、ただ、決して同じものはつくれないので、だったら馬場のヴァイツェンを覆す旨いヴァイツェンをつくろうと思ってます。そのためにも、一度は馬場のヴァイツェンに近い味を自分で再現したい。意地になってやっているところがあります」
酵母が生きたヴァイツェンのグラスを口先にもってくるとほのかにバナナのような香りが届く。口に含むとわずかに酸味を感じる。それが雑穀のキャラクターなのだろうか。これまた自家製だというきめの細かいパンに、馬場の妻がつくったという柿のジャムをぬって頬張る。これがヴァイツェンに合う。素材の出自が一緒なのだから間違いない。

雑穀ヴァイツェン

このとき、茜ペールエールとしてラインナップされていたペールエールは、実は季節によってレシピが変わり、見た目も味も変化していくのだそうだ。春は、少し小麦を加え淡い色に仕上げ、飲み口も柔らかい優しい感じになるという。夏は、飲みやすさを大事にしてさっぱりペールエールに。秋は常温になっても美味しいようなレッドエールに近づけていき、そして冬の茜レッドエール。麦芽もホップもたっぷり使ったリッチな味わい。ストーブで温まったこの場所でちびちびやるのにちょうどいい。

そしておがわポーター。焙煎した麦芽の香ばしい風味がたまらない黒いビール。焦がした麦の存在をはっきりと感じることができて実に旨い。たっぷりのチャコール感の向こうからモルトの甘みがやってきて、最後に少しばかり酸を感じるのは気のせいか。馬場の手になる紅芋のマッシュと合わせると何ともしあわせな気分になる。

茜エールと小川ポーター

美味しいビール探す
三毛猫が住みついた

馬場の時代から試行錯誤を重ね定番となってきた三種類のビールの他に、最近では鈴木夫妻で新しいビールづくりにも挑戦している。たとえば、さいたま新都心・けやき広場の秋のビール祭に出した三毛猫アンバーというビール。猫好き・ビール好きのお客さんと話が盛り上がり、猫のビールをつくろうというビア・キャッツ・プロジェクトから生まれたビールだ。
「猫だからCATSの頭文字を取って、カスケード(CASCADE)、アマリロ(AMARILLO)、ターゲット(TARGET)、ザーツ(SAAZ)の4つのホップを使ってつくりました。どちらかというと馬場のビールはヨーロッパスタイルの落ち着いたビールなので、ウチとしては珍しいシトラスのアロマやフレーバーがたっぷりで苦みのきいたビールです。こういうトライもタイミングをみてやっていきたいと思っています」(鈴木)

自給率100%のビール
それが目指すところ

ビールを上から見た図

のんびりとした小さな町の小さなブルーパブは、これから先、どんな方向を目指しているのだろうか。
「私たちが目指しているのは自給率100%のビールづくりです。麦や雑穀、できればホップも。そのためには、ビールづくりだけじゃなくて、農業も学んでいかなければいけない。時間がかかる話ですけど、そのコンセプトは大事にしていきたい」
家族経営の小さなブルーパブで、自給率100%のドメーヌ(自家栽培・自家醸造)を目指すとなると、一時、生産量は落ちる可能性があるという。それでも馬場、鈴木ともにその決心は揺るがない。
「地元産の材料でここだけで飲めるビールをつくる。自家製のパンや野菜や果物も一緒に楽しんでもらって。そしてそれを目当てに訪ねてきてくれるお客さんには、地元の人との交流も楽しんでもらう。このブルーパブはそんな位置づけです」

麦雑穀工房マイクロブルワリーを楽しみ尽くすには、鈴木が言うようにビールだけじゃもったいない。
小川町の風土から馬場が紡ぎ出したものすべてを味わうといい。ビールも、パンも野菜も果物も丸ごと味わうことで、体の隅々に滋味が染み渡っていくしあわせを感じることが出来る。その満たされた感覚こそが、馬場や鈴木たちが表現したいものなんじゃないかと思う。
週末は東武東上線に揺られて、さあ、小川町へ。

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麦雑穀工房マイクロブルワリー

〒355-0328 埼玉県比企郡小川町大塚1151-1

定休日:月曜、火曜

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J-BREWERS にっぽんのクラフトビールのつくり手たち
01_鈴木真也(ベイブルーイングヨコハマ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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01003高山伸夫

この記事を書いたひと

高山 伸夫

ビアジャーナリスト

神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒。高山広告編集所代表。広告・販促・PRの分野でコピー・プランニングを手がける。ビアジャーナリストアカデミー1期生。 ブルワーにフォーカスしたルポルタージュがテーマ。

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