【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 82~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ壱
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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「そんなわけがないだろう」
つるは口こそ悪いが、曲がったことは大嫌い。情に脆く、人のために涙を流すような女だ。そんな馬鹿正直な妹が罪を犯すなんて、どう考えても信じられなかった。
「それは何かの間違いだろ。新之亟、夢でも見たんじゃないか?」
喜兵寿は「あはは」と声を出して笑ったが、新之亟は量の手を地についたまま、首を振り続けている。
「……それに捕まったとしても、そんなすぐに打ち首になるわけがないだろう?」
話しながら、自分の声がだんだんと震えていくのがわかった。新之亟に嘘をついている様子はない。肩を震わせながら、時折嗚咽を漏らしているのだ。
「まさか……本当に打ち首に……?」
脳裏に、同心である村岡の狡猾そうな顔がふっと浮かんだ。
「はい。5日程前に捕まり、その翌日には打ち首に……」
新之亟は苦しそうに言葉を吐き出す。
この数週間で一体何があったというのだ。
喜兵寿は頭からさあっと血の気が引いていくのを感じた。体が小刻みに震え出し、そのまま船べりに座り込む。
「おい大丈夫か!喜兵寿!」
ふらつく喜兵寿に、直は急いで駆け寄った。
「……すまない」
喜兵寿の手は氷のように冷たかった。
「にっしー!ちょっと喜兵寿を頼む!」
直はそう叫ぶと、ひらりと船を飛び降りた。
「おい、あんた誰だか知らねえけど、その話本当なのか?!もっと詳しく教えてくれ」
新之亟の話によればこうだった。
5日程前の夕暮れ時。仕事終わりの新之亟が柳やに向かうと、道に人だかりができていた。
「おいおい、なんの騒ぎだい?」
もとより噂好きの新之亟だ。顔を突っ込み、近くにいたおじいに話しかける。
「いやワシもよくわかないんだが、どうやらこの店の娘がなにかしでかしたらしいな。同心を引き連れたお偉いさんが来ているようじゃ」
「は?この店って、ひょっとして柳やのことか?!」
新之亟は慌てて人ごみの中に割って入る。娘というのは、恐らくつるのことだろう。ぎゅうぎゅうと人を押しのけ進むと、真黒な羽織の男たちの背中が見えた。数十人はいるだろう。こんな大人数の同心が一挙にくるなんて……ただ事でない雰囲気に、心臓がバクバクと早くなる。
男たちの足元に、つるがうずくまっているのが見えた。額を地面につけ、必死で「何かの間違いです!」と叫んでいるのが聞こえる。
新之亟は助けに行かねば、と一歩踏み出そうとしたものの、次の瞬間には足が凍り付いて動けなくなってしまった。
刀が。何十本という刀がつるに向けられていたのだ。一歩動けば血が吹き出そうな距離で、つるに向かって冷たい光を放っている。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。