[テイスティング]2014.2.7

沈思酒考-02

EL BULLIINEDITイネディットエストレージャ・ダムエル・ブジスペイン

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photo by pakutaso.com *写真はイメージです。


沈思酒考 〜それはビールを飲みながら、溶け出す輪郭なき駄考の戯れ〜

「人間だけが、食べ物に時間をかけて加工し、味を調え、形を作り、美しく盛り付ける。チョコレートなどという食べ物は、その最たるものだ。ナッツを中に入れたり、クッキーにコーティングしたり、きのこにしたり、たけのこにしたり。チョコレートはとにかく飽くなき人間の食への創作意欲をかき立ててきた。そしてその食べることへのあくなき(原文ママ)欲望が、人間を進化させていったとも言える」(*1)

LINE初の連載小説として20万人が読んだという物語。生きるためにこの世から何かを消していかなければならない30歳郵便配達員の話だ。

チョコレートをビールに、ナッツをホップやモルトに置き換えたら、どうだろう。

まぁ、茸や筍にはならないだろうけど、成り立つだろうな。人間の飽くなき探究心の向かう一つのディレクションとしてビールがある。

飽くなき追求。世界一予約の取れないレストランと言われた「El Bulli」(以下、エル・ブジ)のことだとしても何の違和感も感じない、……と思われる。市井に身を置くものとしては、当然、行ったこともない遙か彼方の、雲の上の話だから推量になるのも致し方ない。そのレストランにはきっと、コロンブスだってたどり着けない。いや、ジャック・スパロウなら、地中海を闊歩したついでに、いつのまにかテーブルを占拠しているかもしれないけど……。

しかし、年間200万人もの人が予約を競ったというその世界屈指のレストランも今はない。これは事実なので断定(笑)。

エル・ブジと言えば、スプーンにのってアミューズが出てくるのが有名。魔法の泡使いも特徴的だったのではないか。エスプーマというらしい。どこかでそんな断片的な話をインプットしていたみたいだ。ん、泡?

猫ではなく、自らつくりあげたレストランを自ら消してしまった男・フェラン・アドリア。そしてその男がつくった五臓六腑に消えていくビール「INEDIT」(以下、イネディット)。イネディットはエル・ブジの料理のために供される唯一のビールだったという。バルセロナのブルワリー「Estrella Damm」(エストレージャ・ダム)とエル・ブジのソムリエたちがフェラン・アドリアと一緒になってつくったという。

人がビールを飲む行為は、この世からビールを消し去っていく行いだといえなくもない。つまりは明日を生きるためにビールを必要とする人間がいるということなのだ。

さてと、ボトル下部には大きく星のマークがある。星といえば、あのビールメーカーがすぐに連想される。日本人だからね。ボトルのサイドに不思議な盛り上がりが一筋走っている。まさか、ガラスを貼り合わせた跡でもあるまい。いったい何だろう? ボトルすら「前例がない」ということなのか?

開栓。ワイングラスに注ぐと、豊かな泡立ちに甘い花のような香りが立ち上ってくる。口に近づけると、今度はそこから酸味の予感。案の定、舌が酸味を捉える。そしてアルコールの軽さにするっと喉を降りていく。あとくちに仄かな甘さ。ヒューガルデンのような印象もある。コリアンダーやオレンジピールが入っているからか。アルコール度数は4.8%。

ところで、味覚分布地図なんてないそうだ。舌は場所によって味覚を感じ分けるといいうあの話である。実際は味蕾というやつは、全ての味を感じるらしく、どの味も舌の全領域で感じられているとか。でも、酸味は舌の付け根の両サイドで強く感じるという実感があるんだがなぁ。それもすり込まれた情報ゆえということなのだろうか。

「『意味を考えていたって始まらないよ。意味なんてどうでもいいじゃないか。生きていくことは美しくすばらしい。くらげにだって生きている意味がある』
きっとそうなのだ。どんなものでも、そこに存在することには意味があるのだろう。くらげだって、道ばたの小石だって、盲腸にだって意味があるんだ。きっとね。」(*2)

昔、横浜・山下公園の柵から少し乗り出し水面を見ていたことがある。海月がたゆたっていた。やがて海月はゆっくりと潜っていき見えなくなった。そのことを原稿に書くと、女性の編集者に「あなたに見られていたことがわかったのよ」と言われた。なぜか、そのことをよく覚えている。
エル・ブジの料理がなくても、イネディットが存在する意味はきっとあるのだろう。大麦のビールと小麦のビールを混ぜ合わせるという方法でつくられたらしい。小麦の印象が強いなぁ。ま、でも飲んだ印象として透明感がある。

二杯目を飲みきったところで、ある種の欠落感に襲われる。料理がほしくなるのだ。アルコールも含めて主張しすぎないこのバランスは、料理のためにあるのに違いない。

わが家のごく一般的な食卓。刺身とも香の物ともこのビールはよくあった。マヨネーズをかけたサラダとも違和感はない。なるほどねぇ。しかし肉料理とはどうなんだろう。エル・ブジのソムリエたちは、油をすっきり洗い流してくれるビールだとPRしていたけど。今回は肉料理とのペアリングを試す機会がなかった。次回の楽しみにとっておこう。次回があるのかどうかは、ここでは触れない(笑)。

ところで、猫はこの世界からいなくなったのだろうか。

少なくとも、ビールの方は大酒飲みたちが一休みもせず飲み続けたとしてもこの世からなくなりそうな気配はみじんもない。

¡Hasta la Vista!

*1
『世界から猫がきえたなら』川村元気著(マガジンハウス)31頁

*2
同書 88-89頁


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01003高山伸夫

この記事を書いたひと

高山 伸夫

ビアジャーナリスト

神奈川県出身。早稲田大学第一文学部卒。高山広告編集所代表。広告・販促・PRの分野でコピー・プランニングを手がける。ビアジャーナリストアカデミー1期生。 ブルワーにフォーカスしたルポルタージュがテーマ。

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