[コラム,ビアバー,ブルワー]2017.5.25

ビール醸造への道 〜ビールファンがビールの造り手を目指すとき〜  武蔵野、三多摩から世界へ!Cool air oneの挑戦

Cool air oneビール醸造三多摩三鷹吉祥寺武蔵野

ビールへの関わり方として、大きくは、造り手側と受け手側がある。造り手側は、ブリュワリーとしてビールを造る関わり方であり、受け手側はブリュワリーの造ったビールに関わるものである。受け手側の関わり方には、ビールを売る(ビアパブ、小売)、紹介する(各種メディア)、楽しむ(ビールファン)などがあるだろう。
ビールファンは、受け手側であるが、ビール好きが高じてくると、造り手側になってみたいと思うことがあるのではないだろうか?
そんなとき、ビール、酒類の業界にいる、あるいは相応の教育を受けているという人でない場合、造り手側に飛び込むのは、スキル的、キャリア的、金銭的、法令的、年齢的にも非常に敷居が高いことである。
そのような中、一介のビールファンという受け手側から造り手側へ飛び込もうとする人々も存在する。
遅れてきた参入者(レイトカマー)として、造り手側への高いハードルを越えるには、未曽有の苦難が待ち受けているのではないか…
私などは勝手なイメージでそう思ってしまうのだ。
そうまでして彼らはなぜ造り手を目指そうとしたのか、一体全体どんな方法で造り手側に回りつつあるのか。
本記事では、ビールファンがビールの造り手を目指す姿を取材することで、造り手側への関わり方の可能性を探る。
今回取材させていただいたのは、武蔵野、三多摩エリアから「Cool air one」というビールブランドを発信している小笠原恵助氏である。

キッカケはビールのラベル作り

小笠原氏の前職は、広告代理店の経営者である。小規模の広告代理店を経営していたとのことだ。専門はデザインである。
もともとビール好きであったが、あるとき、あるクラフトブリュワリーのビールラベル作りの仕事に関わり、そこからクラフトビールの世界に魅了される。それと同時に、思いを共有する、人と人を繋げるというクラフトビールの可能性を感じたのだ。
もともと広告代理店でやりたかったことは、企画を立て、人々を集め、人々を繋げ、人々を喜ばすということ。
同じことが、クラフトビールでもできるはずと考えた小笠原氏は、早速、ビアパブを立ち上げる。三鷹にある「ドランクバッド」だ。2013年4月のことである。
ドランクバッドを立ち上げたとき、小笠原氏はビール醸造を自分でやろうとは考えていなかった。小笠原氏のやりたいことはクラフトビール自体ではなく、クラフトビールを介して人々を喜ばせることだったからだ。
しかし、小笠原氏の考えは変わっていく。
このシチュエーションではこんなイメージのビールを提供したい、あるいは、こんな思いを表現するビールを提供したいなどと考えるようになり、自分のイメージ通りのビールを造りたいという欲求が高まっていく。
また、醸造プロセスから流通まで、自分の目の届かないプロセスを極力なくし、品質を完全にコントロールしたいと思うようにもなる。
クラフトビール自体をやりたいというより、クラフトビールを介して人々を喜ばせたいと思っている小笠原氏の考えからすると逆説的でもある。
だが、クラフトビールが美味しくなくて、人々が集まってくるのか?
クラフトビールを介して何かをやるといった場合でも、クラフトビールの品質が高く、美味しいことは絶対の前提条件である。これが小笠原氏の考えである。著者も全く同感であった。
上記の思いが募り、結局自分でビールを醸造しようという決断に至る。お客様の意見を取り入れたビールや、様々なコラボレーションなども考えれば、ビール醸造は小笠原氏の中で必須のアイテムとなっていた。

ビール醸造へ向けた直球かつ戦略的なステップ

では、ビール醸造に関して、全くの素人だった小笠原氏がどのようにビール醸造へ向かっているのか。その経緯を紹介する。
まず、小笠原氏がやったのは、知り合いのブリュワリーさんにお願いし、ビールの醸造を勉強させてもらうということだ。ブリュワリーさんにプロセスを任せることなく、50L程度の小さなバッチを、自分のレシピと温度管理で造らせてもらう。これを繰り返す。これによって、醸造知識を身に着けたのだ。ある意味、直球勝負である。
現在、クラフトビールが盛り上がりを見せていることもあり、ブリュワリーさんも忙しく、ビールの醸造を勉強させてくれるところは、なかなかない。だが、数年前はまだビール醸造をさせてもらえる環境だったそうだ。これは、ビアパブとしてのブリュワリーさんとの繋がり、小笠原氏の突破力があったからできたことかもしれない。
醸造知識を身に付けた後は、すぐにビール醸造を始めるのではなく、委託醸造を使って、「Cool air one」と名付けたブランドの構築とプロモーションを先行させる。小笠原氏はプロモーションと販売チャネルの確保のため、日本中の多数のパブ、酒店を回り、委託醸造したビールを扱ってもらう約束を取り付ける。
さらに、委託醸造と言っても、数百Lのバッチを扱うようになるので、それ相応の消費者が必要である。そのために、小笠原氏は、自身のビアパブの増強を行う。2店舗目となる「Camiya」を吉祥寺にオープンしたのだ。2015年4月のことである。
本格的な醸造の前に、ブランディングと販売量の確保をしっかり行うところは、非常に戦略的である。
現在、自身のビール工場を建設するための事業計画を進めており、今年度中には稼働させたいと考えている。

「Cool air one」ブランドの一部(左から、セッションIPA、ゴールデンエール、インペリアルIPA)。ラベルは小笠原氏の作品。インペリアルIPAのラベルは、三鷹で徳川の将軍が鷹狩をしたことと、皇帝(エンペラー)を掛けた粋なデザイン

 

Camiya店内。長いカウンターが印象的だ。小笠原氏いわく、「お客様と沢山話せるように長いカウンターの造りにしています」

夢に向かって、周りが巻き込まれていく

上述のようなビール醸造へのステップを書くと、ある意味、小笠原氏という戦略的カリスマがグイグイ推し進めて来たからこそ、ここまで来られたのではないかと思ってしまう。つまり、小笠原氏だからできたのだということであり、普通の人とは縁がない話…
だが、実はそうでもないのである。
小笠原氏の活動で最も興味深いのが、小笠原氏の夢(ビール醸造)に、周りの人が良い意味で巻き込まれていくことだ。
著者は、「ドランクバッド」、「Camiya」両店にお邪魔させていただいたが、お店で働いていた人は皆、かつて常連のお客様だった方々だったのだ…
ちょっと衝撃である。
一人で「ドランクバッド」を切り盛りしていた小笠原氏と話をしているうちに何らかの手伝いがしたくて、スタッフになったというのだ。なんという親切な方々、あるいは、小笠原氏の類まれなる巻き込み力に脱帽である。その他、常連客だったという人の中には、月に数回、趣味で作った蕎麦をふるまい、お店を盛り上げる方(著者も食べさせていただいたが、うまい蕎麦でした)、資金面で小笠原氏を支える方など、自分のできることで小笠原氏を支える人が沢山いる。
そして、ブリュワリーで2年修業してきた石川氏(ヘッドブリュワー)を迎え、本格的な品質を持つビール醸造の準備は整った(小笠原氏は全体を統括する役割を担うとのことだ)。
小笠原氏は言う。
「私は、やりたいことを言うだけなんだ」
これは謙遜だろう。
そして、著者は思う。小笠原氏が人々を喜ばせたいと思って作った場は、小笠原氏の想像を超えて、もう人々の夢を形作る生きた創造の場になっていることを。

小笠原氏(左)と夢に巻き込まれた?方(他にも複数人いらっしゃいます)。夢に向かって進んでいる皆さんはとても明るいのが印象的。

造り手って何だろう・・・

本取材を始めたときに、レイトカマーがどうやってビール醸造という造り手側になるのか、興味があった。
だが、取材を終えて思うことは、醸造家としてビール醸造そのものに関わるだけをゴールとして、そこに一足飛びで行かなくても良いのではということだ。なぜなら、仲間、会社の造ったビールを広報する、営業するなどの関わり方も、ビール自体は本人が造ってはいないとはいえ、仲間、会社が造る特定のビールに特別な情熱を注ぐことを考えれば、もう造り手側の関わり方であるからだ。そういう意味で、小笠原氏の夢を助けようとしている人々はすでに造り手側の人である。ブリュワリーで職を得ることができなくても、ビール醸造に向けて頑張っている人を手伝う。そこにはもう、造り手側の喜びがある。そして、そういう機会は意外と身近にあるようにも思うのだ。
小笠原氏は言う。
「クラフトビール業界に興味を持った時に、自分が何をやりたいのか常に模索、上書きして進むことが大切です。醸造したいのか、設備設計がしたいのか、売りたいのか。一人ではできず、様々な仕事に、様々な人々の力が必要なので、自分の居たい場所をクラフトビール醸造の中で見つけていく。これが大切です」
ビール醸造にフォーカスし、ビールの造り手側になるにはどうするべきかという、著者の問自体が、もしかしたらハードルを上げていたのかもしれない。できるところから関わっていく、そして造り手にもいろいろな役割分担があるという、小笠原氏の主張。
様々な人々の力をオープンに結集していくこと。
これこそ、レイトカマーがハードルを越えていく鍵なのかもしれない。
造り手側として、ビールに愛情を注ぐ方法はいろいろありそうだ。

武蔵野、三多摩から世界へ!Cool air oneに込めた思い

小笠原氏が立ち上げているビールブランド「Cool air one」。これまでに7種類のスタイルを委託醸造で製造している。そこにはどんな思いを込めたのだろうか。
小笠原氏は言う。
「Coolには、ビアパブという飲食業界から、ビール醸造というメーカーに、静かに淡々とひたむきに、でも内側には情熱をもって動いていくイメージを込めました。Air oneは昔あったフランスの航空会社のように、空を飛んで広がっていくイメージを込めています。武蔵野、三多摩でできたOnly Oneのビールが世界に飛んでいくイメージです」
ビール醸造に興味をもったなら、「ドランクバッド」、「Camiya」にぜひ飲みに行ってほしい。両店は、女性一人でも全く気兼ねなく入れるお店である。そして、ぜひ、小笠原氏をはじめ、スタッフの方といろいろ話をしてみて欲しい。人々をオープンに集める雰囲気の中で、自分なりの居場所が見つかるかもしれない。
そして、街でCool air oneを見かけたら、ぜひ飲んでみて欲しい。Cool air oneを呑んで、Cool air oneを応援する。それはもう造り手側としての関わりかもしれない。

【小笠原氏の経営するビアパブ情報へのリンク】

ドランクバッド
Camiya

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この記事を書いたひと

小川 雅嗣

ビアジャーナリスト/ビール研究家

1966年、東京生まれ。これまでずっと企業の研究員として過ごしている。
ビールの好きなところは、美味しいところ、自由で多様で何でもありな懐の深いところ、そして、飲むとみんなが笑顔になるところ。そんなビールには、まだまだいろいろな楽しみ方、美味しさがあるのではないかと思っていて、ビールについて疑問に思ったことを調べたり、思いついたことを試したりする中で、ビールの楽しさが伝えられるといいなと思っている。
人生やりたいことは、とにかく全部やろうと思い、ビアジャーナリストに。その他、音楽、映画、小説などの活動も、大したレベルではないが、いろいろやっている。

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