[コラム,ブルワー]2020.3.14

生まれ育った奈良から世界に誇れるビールをつくる【ブルワリーレポート 奈良醸造編】

クラフトビールの盛り上がりとともに日本各地で新たなブルワリー(醸造所)が誕生している。大仏で有名な東大寺をはじめ、多くの歴史的建造物がある奈良県も、ここ数年で醸造所が複数誕生している。

2018年6月21日に醸造免許(ビール・発泡酒)交付を受けた「奈良醸造株式会社(以下、奈良醸造)」もその1つ。外販にも力を入れているので、ビアパブで飲んだことがある人も多いだろう。1月末に開催された「JAPAN BREWERS CUP 2020」では、ファン投票で選ばれて出店。醸造家が選ぶ品評会では、濃色系部門(エントリー数:83)において「OATMATISM」が第5位に入賞した。醸造開始当初から注目を集め、躍進を続ける彼らの思いを聞くため、ブルワリーのある奈良市を訪れてきた。

定番をもたないのは、ビールが好きじゃなかった若い頃の自分の経験から

「今は定番ビールといわれる商品は持たないブルワリーです。コンセプトは、『ビールを選ぶ楽しさを』ということに尽きると思います」と、特徴について話すのは代表取締役兼醸造責任者の浪岡安則氏。

その理由は、大学生時代にビールが好みではなかったことにある。

「ビールに対して『苦い』『お腹が張る』『おじさんの飲みもの』『アルコール度数も強くないので酔えない』というイメージがありました」

そんな浪岡氏は、どうしてビールに興味をもつようになったのだろうか?

「大学生のときにバックパッカーをしていて、美味しいビールに出会ったり、卒業後に就職した奈良県庁から東京に出向していた時代にベルギービールを飲んだりして、『自分にも飲めるビールがあるんだ』とわかったのが始まりですね」

世界のビールに触れるなかで美味しいと思い、向き合えるビールを経験したことが、醸造開始から1年7ヶ月で約40種類のビールを「無限の自由から選べる楽しみ」という形で世に送り出してきた。

その間に同じビールを醸造したのは1種類だけだという。

「定番ビールがあれば、レシピをつくるしんどさから解放されるんですけどね。自分で自分を追いつめている(苦笑)」

ファンからは再リリースを求められる声もあるが、「いまは様々なレシピに挑戦している最中なので、同じ名前で発売するのは違うと考えています。お客様が同じ名前で同じ味を期待されても、それは『違うビール』になるので」と、原料や製法の変更をしてレシピを変えた部分は説明するようにしている。

「奈良醸造」のビールについて話す浪岡氏。

ないなら自分でやればいい。ビールが繋いだ縁を活かしブルワー修行へ

生粋の奈良県人である彼は、奈良県庁で公務員として働きながらクラフトビールへの関心を強めていった。当時、県内にはクラフトビールを飲めるお店も少なく、大阪まで足を運んでいた。

「オープンしたばかりの『CRAFT BEER BASE』に飲みに行っているときに『奈良でクラフトビールが広まればいいな』と、谷さん(※1)に話をしていたら「自分でやればいい」と言われたんです」

※1 谷和氏 株式会社CRAFT BEER BASE代表取締役社長

1994年の小規模醸造解禁の頃まで遡っても、奈良はクラフトビールメーカーが少ない地域。「だったら自分で広めることも面白いのではないか」と考えるようになる。

「タイミング良く谷さんに『京都醸造株式会社(以下、京都醸造)』の設立に動いていたクリス・ヘインジ醸造責任者を紹介してもらいました。そこで『奈良でブルワリーをやりたい』とクリスさんに相談したところ、共同経営者であるベン・ファルクさんとポール・スピードさんにも引き合わせてもらえました。『本当にやりたいならうちに勉強しにこないか』と言ってもらい、独立前提で雇用してもらいました」

このようなきっかけを与えられるのは一生に一度だと決意。京都醸造で修行をはじめ、約2年の間、「京都醸造」でビール醸造を学んだ後に独立へ歩み始めた。

ブルワリーの様子。1回の仕込みは2KL。画像の奥には将来のダブルバッチを見据えて醸造規模の倍量にあたる4KLの温水・冷水タンクがそれぞれある。

自分が伝えたいビールを表現するために、ビール・発泡酒両方の免許取得を目標としたため、申請から交付までに10カ月の時間を費やした。「やりたいことがあるのに進まない日々が続き、1番辛かった」といい、醸造を開始してからは「あっという間に1年半走り抜けた感じです」と振り返る。

糖化釜と煮沸釜。近年、スタートしたブルワリーで2KLはかなり大きい規模だ。

醸造家として瞬く間に過ぎた時間。今、自分がつくるビールのことをどう思っているのかをきいてみた。

「まだまだ満足できていないですね。『もっとこうしたら美味しくなるんじゃないか』『何でこうなるんだ』と常に考えています。100点を出してしまうと満足して飽きてしまうと自己分析しています。まぁ、そんなに簡単に100点なんか出ないですけどね。だから面白いんですよ、ビールづくりは」。

浪岡氏の話を聞いていると、いかにビールづくりは奥が深く、探求しがいのある飲料であると感じる。こうした姿勢もファンを惹きつけている要因なのだろう。

ビールについて話す浪岡氏。飄々とした感じだが、ビールづくりへの思いはとても熱い!

奈良のイメージらしくないスタイリッシュなセールスシート

奈良醸造のホームページを見ていて最も印象に残ったのが、ビールラインナップのページ。サイトにはこれまで発売したビールを見ることができるのだが、そこにはビールではなくスタイリッシュなデザインが描かれている。これはセールスシートとして使用されているものだ。

「クラフトビールもよく飲まれるデザイナーさんに担当してもらっています。デザインに力を入れているのも、ビールが苦手な人に興味をもってもらうきっかけになればと考えたからで、写実的なものから抽象的なものまで幅の広いデザインをしてもらっています。あらかじめビールのイメージと名前を伝えてデザインをしてもらっていますが、僕もどんなものができあがってくるのか毎回楽しみなんです」

会社名が「奈良醸造」とあるので、和を意識した名前やデザインを想像しがちだが、そこには浪岡氏の「奈良」への愛があった。

「地元の方からは、『横文字のネーミングじゃなくて、奈良らしい名前を付けたほうが売れるんじゃないか』とアドバイスを受けることもありますが、むしろ奈良っぽくないといわれる方が嬉しいんです。『地方からでもこんなふうに発信できる』って思ってもらえるようになりたい。今はどこにいても世界にアピールできる時代だと思っています。地元をないがしろにするという意味ではなく、技術と設備を備えれば、世界中どこにいても品質の良いビールがつくれると信じています」

奈良で生まれ育ち、長く地元に携わってきた彼だからこそ伝統的な文化の重要性は理解している。しかし、そこに捉われすぎるのではなく、新しい価値を発信していくことでこれからの奈良を表現する必要があると感じている。

セールスシートの一部。画像では分かりにくいが、両端には飲んだ月日が記録できるようになっている。個人的にはポストカードとして販売したら面白いと思っている。

ちなみにセールスシートは、ホームページから誰でもダウンロードできるにようになっている。興味のある人はダウンロードして、部屋に飾るのもいいだろう。

缶ビールでの提供と定番ビール。まだ先の目標だけど実現させたい

ビールに。奈良に。実直に突き進む「奈良醸造」。この先はどのような展開を考えているのだろうか。

「奈良は車社会です。交通事情から飲食店にビールを飲みに行くことが難しい人もたくさんいます。それと子育てをしていて外出が難しいご家庭でも楽しんでもらえるよう、パッケージとしての缶ビールを作りたいですね。現在は、タップルーム限定でクラウラー(缶詰め持ち帰り)販売は行っていますが、一定期間保存ができて、品質を維持しやすく、持ち運びもしやすい缶ビールでの提供をやっていきたいです」

セールスシートのデザイン性が活きる缶ビールは、奈良醸造の認知度を高める重要なポイントになるはず。設備投資の課題もあるので、すぐにというわけにはいかないだろうが、実現すれば遠方の酒屋でも取り扱われ、認知度が高まることが期待できる。

現在、ブルワリーは浪岡氏のほか数名で運営している。ブルワリーの規模が大きいので、将来は同志が必要になるときがくるだろう。

「もう1つは定番ビールを設けたいですね。奈良醸造のフラッグシップと言えるビール、繰り返し選んでもらえるビールをつくっていきたい」

個人的な見解であるが「○○ブルワリーといえば△△」というイメージが築かれていくと、知らない人にも伝えやすくなる。そのうえで「こういうビールもつくっている」と話をして飲んでもらうことで、より強く魅力を感じてもらえると思っている。なので定番ビールがあるのは嬉しい。

「節操なくビールをつくっているように見えるかもしれませんが、1つ1つのビールに真摯に向き合っています。飲んだことがないビールに出会ったら、まずは飲んでみてもらえると嬉しいです。また、ビールが苦手と思っている方にも『これなら飲める』というものを僕たちのビールから見つけてもらえたら」

週末はタップルームの営業も行っている。最寄り駅であるJR郡山駅や近鉄奈良駅から近くのショッピングモールまで路線バスが通っているので利用するといいだろう。上述の通り、クラウラーでの販売もおこなっているので車で訪問して自宅で楽しむことも可能だ。

ブルワリーは、工場地域の一画にある。正面が事務所で右の建物がタップルームとブルワリーになっている。

新しい形で、奈良を盛り上げる「奈良醸造」。世界に誇れるビールが生まれていく光景を飲みながら楽しんでいきたい。

◆奈良醸造 Data

会社名:奈良醸造株式会社

住所:〒630-8452 奈良市北之庄西町1-8-14

電話:0742-64-0108

E-mail:info●narabrewing.com (●の部分を@に変換してください)

Homepage:https://narabrewing.com/

Facebook:https://www.facebook.com/narabrewingco/

Twitter:https://twitter.com/narabrewingco

Instagram:https://www.instagram.com/narabrewingco/

タップルーム営業日:土曜日・日曜日のみ営業。祝日の営業はなし。OPEN 13:00

CLOSE 18:00(ラストオーダー17:30)

※諸般の事情により営業日・営業時間を変更することあり。SNSで最新情報をご確認ください。

ブルワリーレポート奈良醸造株式会社浪岡安則氏

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

●音声配信アプリstand.fmで、ビールに恋するRadioを配信中
PodcastSpotifyでも聞けます。

【メディア出演】
<TV>
●テレビ朝日「日本人の3割しか知らないこと くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館」
●テレビ神奈川「News Link」
<ラジオ>
●TBSラジオ「鈴木聖奈LIFE LAB~○○のおじ様たち~」
●JAPAN FM NETWORK系列「OH!HAPPY MORNING」
<雑誌>
●週刊プレイボーイ(2019年2月11日号、2020年12月28日号、2022年12月12日号、2023年10月9日号) ●DIME(2019年4月号)●GetNavi(2020年2月号) ●週刊朝日(2020年6月12日増大号)●食楽(2020 SUMMER No,116)●週刊大衆(2021年4月19日号、2021年7月12日号、2022年6月20日号)●BRUTUS(944号 2021年8月15日号)●東京人(no.463 2023年3月号)●BRUTUS特別編集 増補改訂版 クラフトビールを語らおう!
<Web>
SUUMOジャーナル ●みんなのランキング ●この秋新しい恋をスタートしたいあなたに贈る!ビール恋愛心理学 ●初心者にも!プロがおすすめする絶品クラフトビール&ビアグラス ●プロの逸品 ●SORACHIの集い
【ビール講座】
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