[ブルワー]2014.11.29

サントリー武蔵野ビール工場の歴史とその挑戦

1963(昭和38)年、武蔵野ビール工場が竣工し、サントリーは本格的にビールの製造販売を開始した。

武蔵野ビール工場オリジナルのビアグラス。工場内にあるショップで購入可能

武蔵野ビール工場オリジナルのビアグラス。工場内にあるショップで購入可能

武蔵野ビール工場の住所は「東京都府中市矢崎町3-1」。荒井由実の『中央フリーウェイ』にも歌われているように、工場は中央自動車道のすぐ脇にある。今でこそこの周辺は住宅も多くなっているが、竣工当時は非常にのどかな土地で、田畑に囲まれていた。きれいで良質な水がとれることがこの土地に工場を建てた理由だという。中央自動車道の調布IC〜八王子IC開通が1967(昭和42)年なので、いかに歴史のある工場かがわかる(ちなみに、『中央フリーウェイ』で武蔵野ビール工場と同様に歌われている東京競馬場は、1933(昭和8)年開業)。

それまでサントリーは1899(明治32)年の創業以来、ウイスキーやワインを中心に製造販売していたが、あえてビールという厳しい世界に入り、クリーンでマイルドなデンマークタイプのビールをつくるようになる。

そして、サントリーのビールが業界に一石を投じたのが、1967(昭和42)年のこと。「サントリービール〈純生〉」を発売すると、「生ビールの定義とは?」という論争が巻き起こった。「サントリービール〈純生〉」は熱処理をせずにミクロフィルターを使って酵母を除去した初の「生ビール」。酵母を除去したビールは生ビールではない、という主張もあったようだが、結果、現在では熱処理をしないビールを生ビールと呼んでいるように、サントリーの主張が認められている。

その後、1986(昭和61)年に麦芽100%使用の「モルツ」を販売開始。1989(平成元)年には、武蔵野ビール工場にミニブルワリーを竣工。通常の設備の20分の1の大きさのミニブルワリーで、様々な種類の試作品をつくっている。このような施設は、全国に4つあるサントリーのビール工場の中でも武蔵野ビール工場にしかない。ここでつくられたビールは工場内や一部の店舗で提供されているが、ミニブルワリーで最初につくられたビールのひとつに「ザ・プレミアム・モルツ」の前身である「モルツ・スーパープレミアム」があった。

2003(平成15)年、それまで少量生産を続けてきた「モルツ・スーパープレミアム」を一新し、「ザ・プレミアム・モルツ」が誕生。すぐに売上が伸びることはなかったが、2005〜2007年にかけて3年連続モンドセレクション最高金賞を受賞したことで、売上も急激に伸びることとなる。

2008(平成20)年、ついに45年続いたビール事業が黒字に転換。その後も順調に売上を伸ばしていくが、そんな中、2012(平成24)年には「ザ・プレミアム・モルツ」をリバイタライズする(リバイタライズの内容は後日紹介する他の記事を参照)。

創業者鳥井信治郎の「やってみなはれ」にも象徴されるように、「挑戦」する企業風土が息づいている。サントリーはビール大手の中でも後発ではあるが、「サントリービール〈純生〉」に始まり、「モルツ」、「モルツ・スーパープレミアム」、「ザ・プレミアム・モルツ」、そして「ザ・プレミアム・モルツ」のリバイタライズと、常にビール業界で挑戦を続けている。これからもサントリーのビールに対する挑戦から目が離せない。

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この記事を書いたひと

富江 弘幸

ビアライター

1975年東京生まれ。法政大学社会学部社会学科卒業。卒業後は出版社・編集プロダクションでライター・編集者として雑誌・書籍の制作に携わる。その後、中国留学を経て、新聞社勤務。現在は日本ビアジャーナリスト協会ウェブサイトや『ビール王国』などで記事を執筆するほか、ビアジャーナリストアカデミーの講師も務める。
著書:BEER CALENDAR』(ワイン王国)
連載:あなたのしらない、おいしいビール』(cakes)
執筆:ビール王国』(ワイン王国)、『日本のクラフトビール図鑑』『ビールの図鑑』(マイナビ)、『東京人』(都市出版)など

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