[コラム,ブルワー]2019.4.10

設備が変わるとビールも変わる? 伊勢角屋麦酒下野新工場でビールづくりの難しさを知る【ブルワリーレポート 伊勢角屋麦酒編】

2018年3月に着工し、7月に仕込みを開始した伊勢角屋麦酒下野工場。半年が経過し、伊勢角屋麦酒の今を知りたく、出口善一ヘッドブルワー(以下、出口HB)に新工場を案内してもらいながら話を聞いてきました。

圧巻の広さと最新設備の下野工場

新工場である下野工場は、JR参宮線・近鉄山田線伊勢市駅より車で約15分のところにある「下野工業団地」の一画にあります。現地についてまず思ったことが「すごく広い」。大きいことは、SNSで知っていましたが、実際に目にすると圧巻の大きさです。

下野工場の外観。手前が倉庫で奥が事務所と醸造所。2区画を購入して建てられた。

工場に入って、すぐに目に飛び込んできたのが4,000Lの発酵・貯蔵タンク。この大きさになるとかなりの高さです。現在は10本設置されています。

4,000Lの貯蔵タンク。

これだけ大きいと1回の仕込みで使うモルトも相当な量になります。

「うちでは、北米産のモルトを中心に1回の仕込みに800kgから1,200kgを使います」。1回で30~45袋を使うとのこと。やはり4,000Lの仕込みになると1回に使用するモルトの量もすごく多い。

モルト貯蔵・破砕室。画像にあるのは貯蔵しているモルトの一部。1回に使う量が多いので、在庫管理も大変そうだ。

これだけ使うと破砕するのにもかなりの時間がかかりそう。「Neko Nihikiになると1時間ちょっとかかるとのこと。

麦芽破砕機。画像右奥にある投入口から麦芽を入れ、チェーンコンベアで画像真ん中の機械で破砕して、左側の貯蔵部へ送られる。

破砕されたモルトはパイプを通って、糖化釜へ送られ、糖化釜、麦汁濾過槽(ロイター槽)、煮沸釜、ワールプール槽と順番に送られ熱交換器を通って、発酵・貯蔵タンクへ送られます。よくブルワリーで見るのは、2つの釜で仕込む醸造設備ですが、それとの違いを聞いてみると「4つの釜で仕込むメリットは、追っかけて仕込める事です。糖化・濾過と煮沸・ワールプールの2つの釜の設備ですと、ろ過が終わり煮沸に移動しないと次の仕込みができませんし、ワールプールを終えて発酵・貯蔵タンクに麦汁を送り終えないと、煮沸釜に移せません。当社のように4つ釜であれば、次の釜に工程が進めば、次の仕込みが可能になります。そうすると発酵・貯蔵タンクさえあれば24時間で6回から8回も仕込める計算になります」と教えてくれました。

手前から糖化釜、濾過槽、煮沸釜、ワールプール槽

伊勢角屋麦酒では、この工程は全てプログラミングされ、自動化されています。

オートメーションだから楽になったわけではない

作業がプログラミングされて楽になったと思いましたが、そう簡単ではないと言います。

「旧工場は、配管を付け替えていました。新工場になって、プログラミングされてモニターで管理すれば工程が進む形になっていますが、今まで経験としてやってきた作業を工程ごとに時間など数値設定をする必要があり、現在は微調整を繰り返している段階です。設定が定まれば、誰でもクリック1つでつくれるようになりますが、そこまでが大変です」。

ホップを投入する機器。状況に分けて自動でホップを入れることができる。

これまでは五感で確認しながら進めていたものが、数値を確認しながらの作業になるため味の再現性が得られるまでは細かい調整が必要になるといいます。また、外気温が異なる夏や冬では、糖化や煮沸の工程での麦汁温度の上昇時間も異なるので、今でも毎回、状況を確認しながらプログラムの修正を行っています。

「オートメーションといってもオートマチック車のようにブレーキとアクセルだけで簡単に操作できない難しさがあります」と、これまでの感覚的な経験を数値としてプログラム化することは、簡単なことではないと出口HBは話します。

PCモニターを見ながら設定の説明をする出口HB。想像よりも設定項目が細かく、これを調整していくことは簡単な作業ではないと感じた。

醸造設備が変わったことで、同じレシピでも色合いや風味にも変化が生じたといいます。

旧工場で使っていた煮沸釜は、釜本体にあるジャケットに蒸気を入れて加熱する仕組みでしたが、新工場では、外部装置エクスターナルを使い加熱する仕組みになっています。熱の加わり方が変わることで、麦汁のローストフレーバーの強さや麦汁の色の濃さが薄くなる傾向がみられたとのこと。

モルトの破砕も、これまでの機械よりも細かく破砕可能になったことで糖化工程において多くの糖類が取れるように。結果、「想定よりもアルコール度数が高くなった」と出口HB。対応として、使用するにモルト量を少なくしてみると、今度はボディ感が軽くなり、味わいが薄くなるという課題が生じることになってしまいました。

ブルワリーの全体風景。正面奥に移っている発酵・貯蔵タンクは、旧工場から移設してきた2,000Lのタンク。右側の壁面はビールの色を表現している。

「ビールの品質としては悪くはありませんでしたが、『伊勢ぺ(伊勢角屋麦酒ペールエールの愛称)』については、これまで培ってきたブランドとしてお客さんを満足させる品質に達していませんでした」。

そのような状況のなか、ペールエールは今年3月に行われたビール界のオスカーといわれる「The International Brewers Award」で2大会連続金賞を受賞(今回、受賞したペールエールは新工場で醸造)。8カ月という短い期間で、どのようにして従来の味わいに近づけていったのかを出口HBに聞くと 「レシピを見直したり、工程1つ1つを地道に調整したりして対応するしかなかったです」と話してくださいました。この短期間で世界的コンペティションを受賞するまで品質を調整した裏には、大変な努力があったと思います。

研究室。ここで、酵母や品質管理を行っている。こうした設備をあるからこそ、短期間でこれまでと遜色ないレベルまで改善することができたのだろう。

「受賞はしたけど、まだまだ自分たちの思うようにできていない」ともいい、より美味しいビールづくりに余念はありません。

醸造規模を拡大してのメリットは、どのように感じているでしょうか?

「在庫を一定数確保することができるようになりました。これまではすぐに完売してしまい、どういった傾向のビールがリピートされるのか分かりにくい状態でした。飲食店からは『いつもすぐに売り切れてしまうから、注文するのをやめた』と販売機会の損失もありました。在庫を確保できるようになり、お客さんから「あのビールがまた欲しい」という要望に応えられるようになりました」。

冷蔵倉庫。樽やボトルに詰められたビールは、ここで管理され出荷される。

缶での販売はある?

新工場になり聞いてみたかったことに缶での販売がありました。購入する側からすると缶の方が持ち運ぶのが楽です。その辺りも聞いてみると出口HBは次のように話してくれました。

「これからは缶に移行していくだろうと思います。しかしながら、多大な設備投資をした今、流通に乗せる缶ラインを設備する余裕はないですね(笑)」。

缶での販売について話をする出口HB。ちなみにビン詰め機は1時間に1,600本詰められる。

※「伊勢ピスルナー」など一部の缶商品は、他社への委託醸造で対応。

4月20日(土)は創業22周年祭! 新工場も内覧会もあります

伊勢角屋麦酒では下野工場の見学は行っていません。「でも、見学してみたい!」という方、絶好の機会があります。4月20日(土)に「創業22周年祭」が下野工場にて開催され、新工場の内覧会があります(Brewerが工場を案内してくれる予定です ※1)。興味のある方は、ぜひ伊勢まで足を運んでほしいと思います。場所を移しての2次会もありますから宿泊して翌日は伊勢神宮を参拝するのもいいですし、名古屋、京都、大阪まで足を伸ばしてのビアバー巡りも楽しそうです。

※1 工場見学は予約者優先。

◆創業22周年祭 詳細

日時:2019年4月20(土)11:00~18:00

場所:伊勢角屋麦酒下野工場

新工場内覧会:11:00~12:00 ※予約優先案内

参加人数把握のため、参加希望の方はイベントページ(https://www.facebook.com/events/2743909208967521/?notif_t=plan_user_associated&notif_id=1552034919837801)より参加のクリックをお願いします。

※ Facebookをされていない方は、事務所へ直接お問い合わせください。

◆伊勢角夜会(二次会)

日時:2019年4月20日(土)18:00~23:00

場所:麦酒蔵(びあぐら)

参加費:3,000円(飲み放題。フードは持ち込み可)

イベントページ:https://www.facebook.com/events/274796540100694/

今年の夏には8,000Lのタンクが増設予定

現在は、2日に1回のペースで仕込みを行っていて、今夏にはさらに8,000Lの発酵・貯蔵タンク4本が増設予定です。鈴木成宗社長によると「順調にいけば8月から稼働できるかな」とのこと。増産されれば、今よりも飲食店の取り扱い機会が多くなるでしょうし、ボトルでの購入もしやすくなります。飲み手にとっては嬉しいことだと思いますが、「仕込む回数が増えるけど、人手が足りなくて大変……」と出口HBは苦笑いしていました。

今回の取材を通じて、醸造設備の性能向上により感覚的で行っていた作業を数値化することで品質安定・管理がしやすくなる面と、設備が変わることによるブランドクオリティを維持することの難しさを知ることができました。

常に高いレベルを追い求め、挑戦していく志で「世界一のビール」を目指す伊勢角屋麦酒。これからも私たちの喉と心を潤してくれるでしょう!

★伊勢角屋麦酒では2020年度の新卒採用を行っています。興味のある方はこちらから

https://www.biyagura.jp/recruit/

◆伊勢角屋麦酒 Data

住所:神久工場 〒516-0017 三重県伊勢市神久6-428(事務所:神久4-466-1) 下野工場 〒516-0003 三重県伊勢市下野町564-17

TEL:0596-63-6515

FAX:0596-63-6516 (24時間受付)

Homepage:http://www.biyagura.jp/ec/

ブルワリーレポート三重県伊勢市伊勢角屋麦酒出口善一氏

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

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<Web>
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