[コラム]2019.5.7

ビールのネタ帳(34)青山学院のキャンパスに咲いた北海道開拓使の夢

中川清兵衛北海道開拓使日本のビール 面白ヒストリー日本の麦酒歴史村橋久成青山学院大学

東京都渋谷区にある「青山学院大学」。箱根駅伝の雄としても有名ですね。
実は、この青山学院のキャンパスになった土地は日本のビール史を語るのに重要な場所だということをご存知でしょうか?

明治初期、この地は「東京官園」という北海道開拓使の農業試験場でした。
そこでは明治4年からビール大麦の試験栽培が行われていました。

当時の日本にとって北海道開拓は急務。
なかでも北海道でのビール醸造は期待されていました。

ビール事業を統括したのは英国留学の経験を持つ、薩摩藩(鹿児島県)出身の村橋久成(当時33歳)。
醸造を担当したのは日本人として初めてドイツでビール醸造を学んだ中川清兵衛(当時28歳)。
東京官園の畑で成長するビール大麦を前に、国産ビール醸造への夢を熱く語り合ったことでしょう。

鹿児島中央駅のロータリーに建つ「若き薩摩の群像」は、幕末に英国に留学をした17人の若き薩摩藩士の銅像だ。この中に若き日の村橋久成の姿も

東京官園の土地は、明治16年に東京英和学校(明治27年に青山学院と改称)の敷地となり、現在の青山キャンパスへと続きます。

今も昔も、この地は若者の夢と挑戦を支える場所だったのですね。
北海道開拓とビールの国産化、さらには急速な産業革命をやり遂げ、日本を欧米からの脅威から守った先人たちのドラマには胸が熱くなります。

なぜ、北海道でのビール造りが国防につながるのでしょうか?
明治の日本人に突き付けられた課題とは??

日本のビール醸造の歴史について、もっと詳しく知りたくなった方は下記からどうぞ。

青山学院大学の新しいオウンドメディア「AOYAMAGKUINPLUS+(アオガクプラス)」上で、一般社団法人「日本ビール文化研究会」理事顧問・端田晶さんの記事が配信されました。

同氏の著書『日本のビール 面白ヒストリー』(小学館)はさらに深く踏み込み、目から鱗のエピソードが満載です。

さらに、この本を元にした映画『日本の麦酒歴史(ビールヒストリー)』も制作されました。
ビール注ぎの名人「ビールスタンド重富」の重富寛氏が現地を旅し、開拓使麦酒の黎明期を取材するドキュメンタリー映画です。

『日本の麦酒歴史(ビールヒストリー)』
映画予告編は下記から
https://www.youtube.com/watch?v=j7xJru-aL5o

知れば知るほど興味深い日本のビールの歴史。
みなさんも一緒に学びませんか?

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この記事を書いたひと

コウゴ アヤコ

ビアジャーナリスト

1978年東京生まれ。杏林大学保健学部卒業。
ビール好きが高じて2008年から1年半、ミュンヘンで暮らす。旅とビールを組み合わせた「旅ール(タビール)」をライフワークに世界各国の醸造所や酒場を旅する。ビアジャーナリストとして雑誌『ビール王国』、海外生活情報誌『ドイツニュースダイジェスト』など様々なメディアで執筆。『ビールの図鑑』『クラフトビールの図鑑』(マイナビ)、『極上のビールが飲める120店』(エンターブレイン)など。

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