[コラム]2023.11.2

遠野のホップ産業に新たな展開が! 株式会社BrewGood田村淳一さんに聞く遠野ホップの未来

岩手県遠野市。栽培面積日本一を誇るホップ生産地です。2007年から「ホップの里からビールの里へ」を合言葉に、ホップ農家、行政、民間企業などが協働して地域活性化に取り組んでいます。

2019年の「遠野ホップ収穫祭」には、約12,000人が参加してビール業界から更に注目を集める地域になっています。しかし、2020年に世界で猛威を振るった新型コロナウイルスにより流れが断ち切られてしまいます。好循環が生まれていたところに新型コロナウイルスによって勢いが止まってしまったと感じていましたが、関係者のSNSを見ると新たな動きがあるようです。

コロナ禍にどんな取り組みをしてきたのか。ビールを軸に社会課題を解決することで、企業や自治体、個人の挑戦を支援する株式会社BrewGoodの田村淳一さんに話を聞きに行ってきました。

多くの人が集まり喜んでくれた「遠野ホップ収穫祭2023」。その光景を見て涙が溢れ出た

「4年間のうちに実行委員のメンバーが変わったり、忘れてしまったりすることも多くて大変でした。もう、ギリギリでやり切れた感じです」

新型コロナウイルス感染拡大により中止を余儀なくされていた「遠野ホップ収穫祭」。8月19日と20日の日程で4年ぶりに開催しました。

初日の急な天候不良もありながら2日間で約9,000人の人が会場に足を運んだと言います。会場で多くの人が盛り上がっている光景を見て、「あぁ、これが収穫祭の雰囲気だったな」とコロナ禍前を思い出したと田村さん。「オープニングセレモニーでは感極まって泣いちゃいました」と振り返ります。

毎年、開催する方向で準備をするも安定しない情勢を踏まえて断腸の思いで中止を決断してきた「遠野ホップ収穫祭」は、開催する側も参加する側も待ちに待ったものでした。

4年ぶりの開催となった「遠野ホップ収穫祭」。画像からも「待ちに待った」感じが伝わってくる。【画像提供/株式会社BrewGood】

コロナ禍で進めることができた内部課題

大いに盛り上がった「遠野ホップ収穫祭2023」。これまで遠野市は、「ビールの里構想」を掲げて取り組んできました。苦難はありながらも進んでいたところに発生した新型コロナウイルスによるパンデミック。コロナ禍で人の流れが止まってしまったことでどんな状況に陥ってしまったのでしょうか。

「まず、観光で来てくれていた人、ホップ栽培に関心があって訪れてくれていた人など、遠野に来る人達がピタリと止まってしまいました。対外的に取り組みたかったことができなくなってしまいました」

観光者のSNSによる情報拡散や日本産ホップの普及など、自分達の取り組みを知ってもらう機会が少なくなってしまったと言います。

「私達からも情報発信はしていますが、やっぱり観光で来てくれた人が感じたことを伝えてくれると広まる早さが違いますね。今年に入って行動制限がなくなり、人が訪れるようになりSNSなどで拡散されると多くの人に広まると実感しています」

体験したことが伝わっていくパワーを行動制限が解かれた後に強く感じていると言います。

しかし、「悪いことばかりではなかった」と田村さん。

「動けなかった分、自分達の取り組みを見つめ直す良い時間になりました。2019年までは、まちづくりやイベントで盛り上がっていましたが、肝心の栽培現場に対する課題解決や農家とのコミュニケーションが疎かになってしまっていました」

対外的には盛り上がりをみせていた遠野のホップ産業。しかし、プロジェクト当初から大きな課題となっていたホップ農家の数は減り続ける現状がありました。「『禍を転じて福と為す』ではありませんが、コロナ禍により根本となる栽培現場の課題に取り組むことができたのは良かった」と話します。

世間が停滞する中、内部課題を解決する取り組みを続けてきた田村さん達。その取り組みの成果が実を結び始めようとしています。

ホップの名産地である遠野でも農家の数は減少している。【2019年筆者撮影】

新規就農者の募集と乾燥施設の改修がスタート

「いま、栽培現場では農家数の減少という大きな問題がありますが、それ以外にもホップを乾燥させる施設の老朽化や農地が点在していることで作業が非効率になっているなど色々な課題があります」

これらはコロナ禍前より挙げられていた課題です。

その中で2023年に大きく動き出したのが乾燥施設の改修です。

改修には数千万円が必要になる大きなプロジェクト。田村さん達はコロナ禍の間、実現させるために行政や生産者組合などとの調整に奔走する日々を送ります。当初のアイデアでは、国の補助金と寄付金で賄う計画でしたが、「色々と調べていく中で、はじめに検討した補助金は、調整や申請に時間がかかり、今すぐの活用は難しいことがわかりました」と方針を変更します。

「2022年末に行政の担当者の方々とまずは寄付金のみで改修を進められないかと話し合いを行いました。その結果、改修工事の予算がすべて集まってから工事を始めるのではなく、集まった分から少しずつ改修を進める方向で検討していくことになりました」

大規模な改修のため、工事は4期に分けて行う必要があると言います。そのため、「1期目の改修予算が寄付金で集まったら工事を開始することを目指しました。今年、1期目の工事が始まりますが、これは行政の皆さんが実現に向けて動いてくださった結果です」と田村さん。

稼働をはじめて50年近くなる乾燥施設。施設を維持できるかで今後の遠野のホップ産業が変わってくる【2018年筆者撮影】

ふるさと納税の制度を活用して、寄付金をホップ事業に関することに使用できるよう調整できたことも大きな進展につながったと言います。

「遠野市にふるさと納税で寄付をする際に、使い道をビールの里プロジェクトに指定していただくと、その寄付金はホップ栽培現場の課題解決に使われます。この取り組みは2019年から始まっていますが、同年に『遠野ホップ収穫祭』に12,000人が来場する成果だと思います。ホップが農業だけではなく、観光資源としても評価されたことが大きかったのではないでしょうか」

進み出した乾燥施設の改修。これは他の課題にも関係してきます。

「乾燥施設の改修がはじまることで、安心して栽培を続けられる基盤が整備されます。また、中長期的には、施設の利用料を下げて、ホップ農家の収支構造を改善することも目的です。次は、圃場を整備・拡大して生産量を増やすことにも挑戦したいと思っています。その結果、遠野ホップを使用したビールを目にする機会を増やすことで、ホップ栽培に関心を持っている人をさらに呼び込むことができると考えています」

栽培を続けるための施設や圃場などの基盤を整備することで、ホップ農家になりたい人を集めることができるようになります。その第一歩として乾燥施設の改修は重要な取り組みなのです。

新規就農者の募集も10月初旬の時点で40人近い人からの問い合わせがあると言います。「遠野市にいてもクラフトビールっていう言葉が認知されてきているのを感じています。問い合わせでも『クラフトビールが好きで、ホップに興味をもちました』と言う人が多くいます。ビール離れと言われて久しいですけど、クラフトビールは広まっている実感があります」。

新規就農者の募集については、コロナ禍前に移住をしたホップ農家達が現場の課題に対して熱心に取り組んでくれたことで、「新規就農者のモデルケースができてきています」と田村さん。

また、以前からいるホップ農家と移住してきたホップ農家との関係がとても良く、古くからホップ栽培をしている人達が新しい人達に惜しみなく経験を伝え、新しい人達も耳を傾けて情熱をもってホップ栽培に取り組めていると言います。「お互いが切磋琢磨している関係性が素晴らしいです」とホップ農家の関係を教えてくれました。

こうしたビールの里構想の具現化を行政関係者も一緒になって取り組んでくれているそうです。

関わる人すべてにメリットをつくる事で好循環を生み出す

様々な課題を抱え、多くの苦労をしながらも少しずつ成果を上げている遠野市のホップ産業。多くの関係者と協働しながら、良い結果を出すためにはどのような状況をつくり出すことが大事なのでしょうか。

「関わっている人達がメリットを感じることができる状態をつくれているかではないでしょうか。地域のブランドが広まる、ふるさと納税額が増える、自社製品が売れる、栽培環境が整備される、まちが活性化するなど、それぞれの立場でメリットを感じられるようにすると良い方向へ物事が動いていくと思います」

それぞれの立場でプラスに感じられるようになると、ポジティブな思考となり物事が進みやすくなると田村さん。掲げたゴールまでは問題はたくさんありますが、良い流れを生み出していることで遠野市のホップ産業が重要なものと認識されはじめ、「問題が起きても、様々な立場から解決のために本気で動いてくれる人達がいると感じています」と話します。

株式会社BrewGoodの田村淳一さん。今後、一緒にプロジェクトを進めてくれる人を募集中(詳細は最後)。遠野のホップ産業に関心がある人は挑戦してほしい。

新品種の開発や新ブルワリーの設立など未来に向けた新しい取り組みもスタート

乾燥施設の改修、圃場の整備、新規ホップ農家の募集などの課題に取り組む一方で、未来に向けて新品種ホップの開発と新ブルワリーの設立などの新しい取り組みも動き出しています。

新しいブルワリーは、新品種ホップを使用したビールや新しい醸造技術で試作するラボ的要素を含んだものを提供することで、さらに遠野ホップの魅力を伝えていく計画です。

「新品種ホップの開発に成功すれば注目を集めることができますし、投資をしてもらいやすくなる可能性もあります。活動資金を得ることができればやれることも増やすことができます。それと関心が高まることで他業種の知識や技術をもった人達が参入してくる可能性も高くなり、新しい取り組みにも挑戦しやすくなります。そのために実ってきたことを回収しながら新しい種を蒔いて、未来を見据えた挑戦をしていきます」と、田村さんは来年から新品種ホップを開発するための試験圃場を拡大するようです。

新品種開発のアドバイザーを務めるのは、元キリンビールの村上敦司さん。【画像提供/株式会社BrewGood】

遠野市のホップ産業は、2023年から市の観光戦略のエントリーテーマにも設定され、市内外からの注目も高くなっています。コロナ禍と言う前代未聞の時間を過ごす中で、少しずつ課題解決に動き出し、新しい試みにも挑戦しはじめた遠野市のホップ産業。日本産ホップを守り、広めていくために彼らの取り組みは重要になってきます。まだまだ険しい道のりですが、これからも注目していきたいと思います。

ふるさと納税で遠野ホップを応援しよう!

遠野市のふるさと納税で寄付金の用途を「ビールの里プロジェクト」に選択するとホップ産業を支援することができます。2023年11月7日限定発売の遠野産ホップを使用した「キリン一番搾りとれたてホップ生ビール」をはじめ、遠野市の特産品を購入して遠野ホップを応援してみませんか。

遠野ホップを味わえる「キリン一番搾りとれたてホップ生ビール」。2023年で発売20周年。そして、遠野はホップ栽培がはじまって60周年でダブル記念イヤーなのだ。【画像提供/キリンホールディングス株式会社】

農業と地域のプロデューサー募集中

岩手県遠野市では、総務省の地域おこし協力隊制度を活用して、ビールの里構想を前に進める人材「農業と地域のプロデューサー」を募集中です。活動のパートナーは、ビールの里構想の総合的なプロデュースを担当する株式会社BrewGoodのメンバーです。地域の事業者と連携しながら、企画と実践を繰り返し、ビールの里構想の具現化や、地域全体の一次産業の課題解決と新しい産業づくりを行なう人材を募集します。

 

株式会社BrewGood田村淳一遠野ホップ

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

当HPにて、「ブルワリーレポート」「うちの逸品いかがですか?」「Beerに惹かれたものたち」「ビール誕生秘話」「飲める!買える!酒屋さんを巡って」などを連載中。

●音声配信アプリstand.fmで、ビールに恋するRadioを配信中
PodcastSpotifyでも聞けます。

【メディア出演】
<TV>
●テレビ朝日「日本人の3割しか知らないこと くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館」
●テレビ神奈川「News Link」
<ラジオ>
●TBSラジオ「鈴木聖奈LIFE LAB~○○のおじ様たち~」
●JAPAN FM NETWORK系列「OH!HAPPY MORNING」
<雑誌>
●週刊プレイボーイ(2019年2月11日号、2020年12月28日号、2022年12月12日号、2023年10月9日号) ●DIME(2019年4月号)●GetNavi(2020年2月号) ●週刊朝日(2020年6月12日増大号)●食楽(2020 SUMMER No,116)●週刊大衆(2021年4月19日号、2021年7月12日号、2022年6月20日号)●BRUTUS(944号 2021年8月15日号)●東京人(no.463 2023年3月号)●BRUTUS特別編集 増補改訂版 クラフトビールを語らおう!
<Web>
SUUMOジャーナル ●みんなのランキング ●この秋新しい恋をスタートしたいあなたに贈る!ビール恋愛心理学 ●初心者にも!プロがおすすめする絶品クラフトビール&ビアグラス ●プロの逸品 ●SORACHIの集い
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