[ブルワー]2017.12.22

毎年クリスマスが来る度に風上を思い出す

クリスマスエール風上麦酒

11月30日、目黒で行なわれた 〜風上麦酒製造〜 Tap Take Over Events 『鳥の市』in the DODO HOUSE のイベント直前に、風上麦酒製造のFacebookに上がったコメントは衝撃的な内容だった。

ブルワーである田上氏が風上麦酒製造の1月末でのブルワリー閉鎖をはじめて公表したのだ。

タイムラインには次々と驚きのコメントが寄せられた。その日風上麦酒のクリスマスエールを目的に目黒をめざしていた人はもとより、来訪を断念しようとしていた人たちも次々に ドードーハウス を訪れた。

田上氏はその日オープンから ドードーハウス に滞在し、自身のビールを目当てに次々と訪れるファンとの時間を楽しそうににこやかに過ごしていた。

窓辺のカウンターで私と同席になった20代であろう男の人。これからブルワーを目指す友人を持つその人の質問にていねいに答えていた。
店内の全てのテーブルとカウンターを回って、すべてのお客さんと言葉を交わしていた。だが、その胸の内はどのようなものだったのだろう。

ドードーハウスでの田上氏

私自身も、彼のコメントに大きな衝撃を受けたファン、いや大大大ファンである。それまでの田上氏のFacebookの書込みから、彼が万全で麦酒造りに向き合えない状況であるのはうっすらと知ってはいた。

だが、ブルワリー閉鎖とは…。言葉がみつからなかった。

その週末、私は風上麦酒製造のブルワリーを訪ねた。

これまでにもいくつかのビール関連のメディアに取材・紹介されているので、ご存じの方もおられるであろう。その小さな工房は川崎市の住宅街、古いマンションの1階にある。
川崎駅から市営バスに乗り、ざわざわする気持ちを抑えながら20分余、バス停に降りた私の真向かいにブルワリーはあった。
印象的な赤い縁取りの大きなガラス窓の前に新品ボトルが入った箱がたくさん積まれている。出荷されるビールのためにそこで出番を待っているのだろう。
そしてその脇には田上氏がここに来るのに使っている黒い自転車。

風上麦酒製造ブルワリー外観

道路を横切ってブルワリーの前に立ち、ドアの脇にある小さなブザーを押した。ほどなく田上氏がドアを開けて迎えてくださった。ちょっとはにかんだように見えるいつもの笑顔。公表されたような体調の悪さなど微塵も感じさせない。

ドアを一歩入るとそこはもうブルワリーだった。
ドアの突き当たりに組まれた棚には衣装ケースを利用した手作りの麦芽ミル。

手製のミル

ミルの向かい側には足場用の鉄パイプで造られた大きめの棚が組まれマッシングと煮沸用の大きなタンクが置かれている。

(というか、これは寸胴鍋とドラム缶ですよね?)
マッシングタンクの脇、やや高い位置にあるのはお湯を作るための大きなタンク。
それぞれの下には耐熱煉瓦を使った台が設置され、その中に飲食店でよく使われるガスコンロが設置されている。
(うっわ、なんてシンプルな構造なんだ!しかも直火だ。)

マッシュタンク(左奥)と煮沸タンク(手前)

わたしの驚きをよそに壁に掛けてあるクルクル巻いた銅線を指さし、

「これなんだかわかります?これも作ったんですよ。」
と田上氏。
それは煮沸後の麦汁を冷却するための装置なのだった。

冷却用装置たち

ビールの製造工程のどこでどれをどんな風に使うのか。田上氏がていねいに説明してくれるその場所は、田上氏本人以外にもう一人が並んだら動けるかどうかぎりぎりの広さなのである。

タンクが置かれたスペースを挟んだ背中側には何台かの業務用冷凍庫が床置きされている。発酵用だという。
(冷凍庫で発酵?)
わたしの頭の中はすでにいろんな疑問でグルグルしている。

冷凍庫の脇にある小さな木のベンチに並んで腰かけて、ブルワーになったきっかけや醸造の裏話、マイクロブルワリーの現状など様々なお話をお聞きした。

(工房の隅っこにある子ども用のプールは何?レシピはどんな風に思いつくの?どうやってブルーイングの知識を得たの?いつからブルーイングやってるの?テストブルーは何回くらいやるの?どんな風にここで作ってるの?仕入れは?保管は?デザインは?ボトリングは?)

聞いてみたいことは、本当は山のようにあるはずだった。 だけど、その小さい工房の中で淡々と話す田上氏の隣で、私のメモの手は止まってしまった。

本当に聞きたいことはたった一つなのだ。いや、聞きたいんじゃなくて、言いたいことなんだけど…。

(田上さん、風上麦酒のブルワリー、閉めるのやめてください。)

声に出していいのか、わたしはずっと躊躇していた。目の前にいるのは当の本人なのだ。そんなこと、きっと公表する前に何度も何度も考えたに違いないのだから。


黙り込んでしまった私に、
「なにか飲みますか?」
と田上氏が言った。
「はい!ぜひ。」
「これにします?」
と私がご挨拶がわりに持参した手土産のボトルを手にして少し考えた表情の田上氏は、
「それよりうちのがいいですかね?」
(え~~~~!!!いいんですか?)
内心の小躍りをひた隠して答えた。
「もちろんそのほうがうれしいです。」

 

utakata boys

ウタカタボーイズ・プロトバージョン

田上氏が奥の冷蔵庫から取り出してくださったボトルには、ラベルが無かった。

 

「これ、この前の一周年用に作った限定のプロトタイプです。」
「えっ!ウタカタボーイズですか?グレムリンで飲みました!けど…、実は定番のほうが印象深かったんですよね。」
「そうなんですよ。あれ、プロトタイプ持っていったら、アロマ強すぎるからもう少し柔らかくしてって言われて、かなり削ったんですよ。」

半年近くブルワリーで寝かされた後、田上氏自ら注いでいただいたその麦酒は、果樹園に囲まれた場所で育った私には、とてつもなく懐かしく苦しくなるほどの香りを放った。

林檎や葡萄や梨を貯蔵する広い倉庫に入った時の、完熟を過ぎた果物の発する特有の鼻の奥に刺さる香り。

(あぁ、また、ヤラれてしまった。)

この人の造る麦酒は、いつもこうやって私の記憶を掘り起こす。だけど思い出しているのはどのシーンでもない。どこかにあるぼんやりした記憶の破片なのだ。

風上麦酒はくっきりとした輪郭を持ちながらいつも言葉にしようとするとするりと逃げていく。

大きくため息をついてしまった。

「おいしいですね。なんか山梨とか行きたくなりました。」
(なんでもっと気の利いた言葉を見つけられないのかなぁ。)
自分の言葉の拙さに対する苛立ち、そして
この麦酒にはもう二度と会えないのか…。
という寂しさを伴って私の中で残念感がどんどん拡がっていく。

 

「そろそろ、次の場所に移動しないと。」

「あ、そうですね。では、そろそろ失礼します。」

言いたかった一言は最後まで口にできなかった。

「田上さん、風上麦酒のブルワリー、閉めるのやめてください。」
我儘なファンのわがままな祈りでしかないのだけれど。

最後に風上麦酒製造のFacebookページに、閉鎖を発表する3日前にアップされたこの言葉を引用して紹介したい。風上麦酒の、唯一無二の、あの麦酒に込められた崇高なる意識。

今年もこの季節がやってきました。クリスマスです。
風上クリスマスエールといえばイチゴと八角のポーターです。いやいや、ただのフルーツビールじゃないですよ。ナメんなよ!
季節物の限定ビール。クリスマスだからイチゴ入れてみました、ヴァレンタインだからチョコ入れてみました、ハロウィンだからカボチャ入れてみました、そうじゃねぇだろ。
副原料ってのは入れりゃいいんじゃない、チャーシューメンじゃないんだから。それじゃトッピングだろ!
すべてのパラメータを0から考え抜く、水質調整から始める緻密な造り、そして最後に八角を入れて色気を出す。これが風上のクリスマスエール。これが『アロマ至上主義』。
たしかに風上クリスマスエール、イチゴ大量に入ってます。でも量は別に自慢じゃない。この量が最適解だっただけ。強烈でなおかつ気高くイチゴが香ります。
本物のアロマは鼻から入って脳を揺さぶる、そして心に焼き付く。そして気が付く、毎年クリスマスが来る度に風上を思い出す。
アロマ至上主義、進むぜ一本道。

Brewer Kazakami

風上麦酒ブルワー田上達史氏と風上クリスマスエール

皆さまに応援していただいていた風上麦酒製造ですが、閉鎖することになりました。理由は私の体が業務を継続できなくなってしまったからです。
もう1度定番の4種を仕込もうかと思っています。できればそれを1月中に出荷して、それで終わろうと思っています。

閉鎖に関する投稿へのコメントに対する田上氏の返信

しかし、なんとかもうしばらくもがいて、喜んでもらえる報告を探ってみます。

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よしのたま

この記事を書いたひと

よしのたま

ビアジャーナリスト

1965年、南信州生まれ。峻険な南アルプスと中央アルプスに囲まれた自然豊かなリンゴ農家に育つ。1女1男の母。大学卒業後1年間、まだ東西に分裂していた時代に南ドイツに遊学し、各街々の地ワインにハマる。帰国後は、翻訳会社、雑誌編集、組紐製造など好奇心のままに仕事を転々とし今に至る。その好奇心はビールにも顕れ「好きなビールは?」と訊かれた際の返事が同じだったことがない。目下のところ友人のフォトグラファーが連載中のビアエッセイの影響で、アジアのビールに興味津々。趣味は着物だが、茶道や華道といった着物っぽいことには一切通じていないため、結局のところ着物を着てビールを呑みに行くというのが趣味になっている。

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