[コラム,ビアバー,ブルワー]2019.7.22

【長野】表現自由なビールと石窯ピザで、信州伊那谷の食・農・人をつなげる「In a daze Brewing(イナデイズ ブルーイング)」

In a daze Brewingイナデイズブルーイング伊那市伊那谷信州長野

建屋の裏手に広がるのは、中央アルプス木曽山脈の経ヶ岳。
反対側を振り向けば南アルプス連峰の仙丈ヶ岳。
6月上旬の山頂はまだ残雪に覆われていて、麓には田植えを終えた水田鏡が延々と広がる。なんて豊かで、なんて贅沢で、なんて美しい土地なんだろう。

初夏の青い空気を胸いっぱいに吸い込むと、どんどん頭が冴えていく。

2つのアルプスに抱かれた「信州伊那谷」という土地

長野県南部に位置する「伊那谷」は、南アルプスと中央アルプスという3000m級の山脈に挟まれた谷状のエリアをさす。天竜川に沿って南北に広がる伊那谷は、本州のほぼ中央に位置することから東西の文化が融合する地域としても知られ、蜂の子やザザ虫・蚕のさなぎなど、信州の中でも固有の食文化が根付いている。長野県の中では温暖で雪が少なく、両アルプスに囲まれて寒暖差の大きい気候特徴をもつため、野菜や果実などバラエティに富んだ農作物の一大産地だ。


▲両アルプスに囲まれた長野県南部、伊那谷の北部にある伊那市

ビール好きの間で信州伊那谷のブルワリーといえば、駒ケ根市にある「南信州ビール」が筆頭に挙がるが、駒ヶ根市より北に位置する伊那市に2018年12月、小さなブルワリーが誕生した。
店内わずか10席の「In a daze Brewing(イナデイズブルーイング)」
中央自動車道・伊那ICの近く、農地と住宅が点在する広域農道沿いのタップルーム併設ブルワリーだ。

▲建物は少し奥まった場所にあり、ガソリンスタンドと道路沿いの看板が目印になる

建物はかつてJAが所有するリンゴの加工所だった平屋ガレージ。
古材や廃材を使った空間デザインを得意とする諏訪市の建材会社「Rebuilding Center Japan」の助けを借り、ブルワリーとして再生を果たしたという。

▲タップルームのエントランス。木製の扉や窓枠も古材を再利用している

▲隣接するガレージにはソファ席も。天気が良ければ屋外にテーブルを椅子を出して飲むこともできる

▲自然光がたっぷり差し込む窓からは伊那の四季を眺めることができる

▲アレンジした古材とセンス良く飾られた小物で、スペースの割に狭さを感じさせないタップルーム

メインの施工はプロに任せつつも、自ら壁を塗り、カウンターのモルタルやタイルを貼り、ドライフラワーや小物を飾り、外装から内装までほぼDIYで造り上げたのが、In a daze Brewingの代表者でブルワーの冨成和枝さんだ。

▲開店準備に勤しむブルワー冨成和枝さん

16時前、タップルームでは石窯に火を入れ準備する冨成さんの姿があった。看板料理のハンドメイドピザで活躍するこの石窯も、もちろん冨成さんの手作り。なぜ石窯なのかを聞いてみると、

▲生地から作るピザ。高温で焼き上げるため、窯に入れたらわずか2分程度で完成する

「石窯って万能なんですよ。ピザやパンを焼くだけじゃなくて、野菜や肉のグリル料理や煮込み料理、包み焼き、焼きりんごのようなデザートまでできちゃう。信州は食材自体の質がとてもいいので、シンプルに焼くだけで十分おいしいですから。自宅に窯ストーブがあるところも多いので、薪も入手しやすいですしね。冬場は暖房にもピッタリです(笑)」

そう笑う冨成さん。
知人や近所の畑からたびたびとれたての野菜をもらうこともあり、石窯で料理に生まれ変わる。この日は筆者が持参した地元名物のとうもろこしを薄皮ごと石窯へ。ほどなくして、ほくほくの甘い石窯焼きとうもろこしがカウンターに運ばれた。

▲薄皮で蒸し焼きに。甘みが凝縮されてうまい!

▲ピザメニューは5種類、数種類のきのこを使った「信州きのこ」が一番のおすすめだ

▲しめじや舞茸、厚切りベーコンをたっぷり散らし、表面をカリッと香ばしく焼き上げた「信州きのこ」のピザ(1500円)

「ピザもビールと同じで、表現の幅がとてつもなく広いんです。生地の上に好きな食材をトッピングすれば、なんでもピザにできます。ビールもその土地の素材を取り入れて、自由にアレンジできますよね。どちらも表現が自由で多彩。定番の4種類はどれも伊那をコンセプトにして、素材を使うことはもちろん、名前からパッケージまで伊那にまつわるものでまとめています」

ビールの定番銘柄は、「伊那日和ペールエール(スペシャルビター)」、「三州IPA」、「権兵衛IPA」、「くらしSession Ale」の4種類。伊那産の米や塩、柑橘類を使い、伊那の自然や歴史、文化、風土などをビールで表現している。

▲左から「夏野菜とアンチョビのピザ」「信州きのこのピザ」、ビールは330mlグラスで600円(税込み)

愛知県から塩や海産物を内陸に運ぶために使われた三州街道や、伊那路と木曽路を結ぶ「米の道」権兵衛峠など、伊那にまつわる場所や地名がネーミングの由来。「くらしSession Ale」の「くらし」とは伊那谷の方言で「おいで」という歓迎の意味。
ビールをきっかけに、多くの人に伊那谷に訪れてもらいたいという願いを込めたという。「メイヤーレモン」というオレンジとレモンの交雑種である柑橘を使い、爽やかな柑橘香ですっきり仕上げたフルーツセッションエールだ。

▲定番4種類のボトル(左から「権兵衛IPA」「くらしSession Ale」「伊那日和ペールエール」「三州IPA」)。ラベルもそれぞれ伊那出身の異なるデザイナーがデザインしている【画像提供:In a daze Brewing】

生地から仕込むピザに地元の新鮮な食材をのせ、高温の窯でさくっと焼き上げた石窯ピザ。そこに、モルトが穏やかに香るイングリッシュスタイル「伊那日和」の素晴らしいマッチングが完成する。


「酔っぱらう」「ぼーっとする」という意味を持つ“In a daze”と「伊那(イナ)」を掛け合わせて、「伊那のビールを飲んで、ここでのんびりしてもらいたい」という想いで冨成さんが立ち上げたIn a daze Brewing。てっきり伊那出身かと思いきや、実は冨成さんの出身は愛知県岡崎市。そこには、伊那谷への深い思い入れがあった。

信大農学部卒業後、食品メーカー、愛知のブルワリーを経て伊那へ

冨成さんにとって伊那は、6年間の学生生活を過ごした地。
ブルワリーの近くには、母校である信州大学農学部のある伊那キャンパスがある。実験圃場や演習林を併設した深い森のような敷地が広がっている。

▲タップルームのすぐ近くにある信州大学農学部のキャンパス

愛知県の高校を卒業後、自然が大好きという理由で信州大学農学部へと進んだ冨成さんは、伊那市で暮らしながら伊那谷の農業をはじめとした産業や風土、食文化、そこで暮らす人々にふれ、「いつか長野で暮らしたい」という思いを抱くようになる。

大学院で乳酸菌の研究に取り組んでいたことから、大学院卒業後は愛知県の食品メーカーに就職し、規格外野菜を使った商品開発などに携わったが、企業という枠の中では思い描いていた食品開発の仕事が難しいことを知り、3年間勤め上げたメーカーを退職。メーカー在職中に、当時名古屋にあった「23 Craft Beerz Nagoya」で初めて各地のクラフトビールにふれ、ホップ、モルト、水、酵母、副原料からなる「農作物としてのビール」に興味を抱くようになったという。「ビール」と、胸に抱いていた「農業と信州に関わる仕事」がつながることに気づいたとき、それが冨成さんがブルワーとして歩む人生のきっかけになった。


こうして2014年1月、茨城県の木内酒造で短期の研修を受けた際、地元愛知の蒲郡市で2013年に開業したばかりの「HYAPPA BREWS」を紹介された冨成さん。シカゴ出身のオーナーでヘッドブルワーのクレイグ・モーリー氏の考えにも共感して、2014年の春にブルワー人生をスタートさせた。

「HYAPPAではビールの醸造技術だけではなく、設備関係や税務関係の事務仕事、直営店の店舗経営や接客、英会話、そして何より大事なチャレンジ精神、諦めずに自分で切り開くことの大切さ、今の自分の基礎になることすべてを学びました」

訪れたことがある人ならわかるように、「HYAPPA BREWS」の直営店、東岡崎の「Izakaya Ja Nai!!(イザカヤジャナイ)」は、オーナーがアメリカ人で近くに国立の研究施設もあることから、客層の多くは外国人ゲスト。店内では生きた英語が飛び交い、まるで海外のパブにいるような感覚になる店だ。

初めて冨成さんと接したとき、カラッとした明るさや全体から感じるポジティブな空気から、なんとなく帰国子女か海外留学経験者かと思い込んでいたが、元来の前向きな性格に加えて、日常的にアメリカ人オーナーや外国人ゲストと接していれば、自然とクリエイティブな考え方が身につくのだろう。実際に、伊那でのブルワリー立ち上げはまさにゼロから切り開いたものだったという。

※冨成さんの「HYAPPA BREWS」のブルワー時代についての記事はこちら
【ビール人に会いに行く】愛知県岡崎市「HYAPPA BREWS」Craig Morrey さん&冨成和枝さ

ないものは自分で。醸造タンクもトラックで運び込んだ


冨成さんはおよそ4年間、「HYAPPA BREWS」でブルワーとして腕を磨き、退職後の2018年春に伊那に移住、ブルワリーの開業準備を進めた。新興ブルワリーの取材で開業準備のことを尋ねると、たいてい立ち上げならではの設備トラブルや醸造免許取得、税務関係の困難がよく挙がる。しかし、冨成さんの場合は違った。

「一番苦労したのは資金調達関係ですね。設備は自分でもできることが多かったし、トラブルは時間をかければ解決できます。でも資金調達に関してはまったく初めての経験。自分だけではなんともならないこともあるのでちょっと大変でした」

あくまでも、カラカラと笑顔で。
醸造タンクや機材はアメリカのメーカーと直接取引を行い、レンタルした2tトラックを運転して名古屋港から伊那の醸造所に運び入れた。検疫所の申請や通関作業、輸入に関する諸々の手続きや醸造所での設置まで含めて、タップルームの工事と同じように、多くの伊那の人や信大出身の先輩のアドバイスを受けながら、ゼロから自分で行った。

▲タップルーム隣接の醸造ルームには400Lの発酵タンクが3基

どこにでも飛び込んでいける度胸や、自分の強みやスキルを活かして開拓していくフロンティア精神こそ、HYAPPA時代に培われた冨成さんの魅力であり強みかもしれない。

▲冨成さんのチャーミングな笑顔でタップルームが明るくなる

伊那の食と農、人が結びついたビールで、より良い人生を醸す

とはいえ、都心部と比べてクラフトビールにはなじみの薄い地域。
若くして女性一人で起業することに対する不安はなかったのだろうか?

「この辺りは信大出身者の先輩も多くて、地元の皆さんがあたたかく迎え入れてくれました。伊那で食や農に関係するビール屋を始めると言うと、『よく戻ってきてくれた』『伊那にも地ビールができた』って歓迎してくれるんですよ。カウンターに農作業帰りのおばあちゃんたちが並ぶこともあって、ほっこりします(笑)」

長野県の中でも都会からの移住地として人気のある伊那市は、行政も積極的に移住支援や事業補助をしている。若い人の移住や事業立ち上げを地域住民が歓迎する土壌があるのは、なによりも心強い。

実は伊那を訪れたのは初めてだったが、意外と整備された交通アクセスに驚いた。
日本酒やワイン、サイダー、ビールを合わせて8つの醸造所がある伊那市。
タクシーも呼べばすぐに来るし、代行業者も多く充実している。地酒や食文化が豊かな土地柄なだけあって、駅前には魅力的な飲食店が立ち並んでいる。駅前に宿をとり、In a daze Brewingでピザとビールを堪能した後は、駅前のディープな繁華街で飲み歩くのも楽しそうだ。

「Brew a better life
(より良い生活が、よい人生を醸す)

In a daze Brewingのコンセプト。

「信州伊那谷の自然や歴史文化、人を素材をとしたオリジナルビールで、より良いくらし、人生のきっかけになれば」

そう話す冨成さんは、ビール醸造を通じて農業や伊那と関わり、将来的には地産地消によって地域の中でエネルギー循環させるまでを描いている。小さな醸造所に生まれた新しい芽が伊那の土に根を下ろし、力強く育ってゆく。


タップルームの窓からは、青々としたブロッコリーが刈り取られる様子が見えた。
次はどんな農作物が土に根付き、育ってゆくのだろう。
そんな伊那の季節の移ろいも、穏やかな伊那日和ペールエールに溶けてゆく。

 

【ブルワリー概要】
In a daze Brewing(イナデイズ ブルーイング)
住所:
〒399-4501 長野県伊那市西箕輪8004-1
電話:0265-95-2076
アクセス:JR飯田線「伊那市駅」駅から車で約10分、または伊那バス(西箕輪線)で「信大寮前」「西箕輪局前」から徒歩5分、伊那ICから徒歩15分
営業:水木金17:00~21:00(金22:00まで)、土日12:00~22:00(日21:00まで)
※月火定休
メール:info@inadazebrewing.com
公式HP:https://www.inadazebrewing.com/
公式SNS:https://www.facebook.com/inadazebrewing/
※タップルームの営業日については公式SNSでご確認ください。

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この記事を書いたひと

山口 紗佳

ビアジャーナリスト/ライター

1982年愛知県出身、静岡県在住。中央大学法学部法律学科卒業。
名古屋で結婚情報誌制作に携わった後、東京の編集プロで企業広報、教育文化、グルメ、健康美容、ライフスタイル、アニメなどの制作経験を経て、静岡でビール文化を広めるライター活動に勤しむ。休日はグラウラーを積んでオートバイでツーリング。

実績:『世界が憧れる日本酒78』(CCCメディアハウス)、『東京カレンダー』(東京カレンダー)、『ビール王国』(ワイン王国)、グルメ情報サイト『メシ通』(リクルート)、ダッシュエックス文庫(集英社)各種ツール制作

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