【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 81~クーデレ豪商の憂鬱と啤酒花 其ノ拾参
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です
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船の状態を確認し、食料と水を積み込む。甚五平をはじめとした乗組員たちによって、出港準備は着々と整っていった。
「それにしても、にっしーまじでかっこよかったな」
直は、船を確認しに来た小西に言う。
「別に。大したことはしていない」
表情ひとつ変えない小西を見て、直はぴゅうっと口笛を吹いた。
「にっしークール!それにしてもねねと会ったの初めてだろ?よくあんな大金渡したな。船代にしたって気前良すぎないか?」
直の言葉に、小西はちらりとねねを見る。
「……見えたんだよ」
「見えた?あ、ひょっとして酒飲んだ奴の後ろに見える、って例のやつか?」
直はわくわくと目を輝かせる。
「そうだ。とても濃い、美しい朱色だった。心根のきれいな、芯の強い女なのだろう。仕事相手として信頼に足る人間だと判断した、ただそれだけだ」
「ほお~ねねは朱色なのか。って、あの時ねねは酒飲んでたってことか?!まじか、すげえ度胸だな」
直は爆笑しながら、ねねに向かって声を張り上げた。
「おい、ねね!お前会合の前に一杯ひっかけてから行ったのか?」
「なんで知ってるの?」ねねがぎょっとした顔をする。
「酒でも飲んでいかなきゃ無理でしょ、あんな場所」
「そりゃあそうだ」
大量の野菜が入った籠を持った喜兵寿が、船に乗り込んでくる。
「酒のおかげで救われたってわけか。よかったな、ねね」
ねねは何がなんだかわからない、といった顔で首を傾げる。
「え?あ、うん。よくわからないけど、ありがと」
「にっしーの造った酒もめちゃくちゃうまいぞ。そうだ、にっしーに酒樽いくつかおごってもらおうぜ。いいだろ、にっしー」
「だから、お前は人に気軽にたかるのはやめろ!徳利一本分の金ももってないくせに」
喜兵寿が後ろから直の頭をひっぱたく。
「いって!喜兵寿は気軽に人を殴りすぎなんだよ。この暴力男!」
「お前がすぐ調子に乗るからだろう?小西様、すみません」
「4樽で足りるか?すぐ手配させよう」
「ちょっ小西様……!」
「いえーい、にっしー太っ腹!」
4人がわいわいと船の上で盛り上がっていると、突如「喜兵寿殿!」と鋭い声が響いた。見ればひとりの男が船着き場でぜえぜえと息を切らしている。
「新之亟ではないか。偶然だな!仕事か?」
新之亟は柳やの常連客のひとりで、飛脚だった。足が速いことで有名で、よくお偉いさん方からも依頼をまかされている。
「大変です……!一刻も早くお伝えしなければいけないと思い、走って……きました……」
よっぽど急いできたのだろう。苦しそうに胸を押さえている。
「どうした?!とりあえず落ち着け」
新之亟は腰から竹筒を取り外すと、一気に飲み干した。
「……つるが打ち首になりました」
「え?すまん、もう一度言ってくれ。恐らく聞き間違えた」
喜兵寿が眉根をひそめる。
「つるが……つるが打ち首になりました!」
それだけ叫ぶと、新之亟は膝から崩れ落ちた。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します! 次回1月1日(水)はお休み。2025年1月8日に次話更新いたします
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。