[コラム]2025.2.26

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 86~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ伍

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です

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新之亟は苦しそうに、時々言葉を詰まらせながら一部始終を語った。

「すまなかった……俺にはどうすることもできなかった」

重苦しい沈黙があたりを包む。

「つるが……?死んだ?あのつるが……?」

小西に支えられ、喜兵寿は船着き場まで下りてきていた。新之亟の話を一言たりとも聞き逃すまい、と意識を集中して話を聞いていたが、耳から入ってきた言葉はぐちゃぐちゃと頭の中で絡まり、途中から何が何だかわからなくなっていた。

だって死ぬなんておかしいだろう。ほんの数週間前まで、当たり前のように笑っていた。生まれてからずっと傍にいた。一緒にびいるを造ろうと、目をきらきらと輝かせていたつるが、もうこの世にいないなんて、そんなおかしな話があるはずがない……

奥歯を強く噛みしめていると、急に目の前が真っ暗になり、どこからか咆哮が聞こえてきた。

ぐあああああああああ ぎいいいいいいいいい

それは地鳴りのような、低く獰猛な唸り声だった。

昼だったはずが急に夜になり、獣のような声が聞こえてくる。ああ、そうか。やはりこれは夢なのだ。気づかぬうちに自分はうたた寝をし、よくない夢を見ているのだ。なんと気持ちの悪い悪夢。早く目を覚ましたい……

その時、「喜兵寿!しっかりしろ!」と肩を強くつかまれた。次の瞬間、頭を抱きかかえられる。

「大きく息を吸え。大丈夫。ゆっくりで、ゆっくりでいいから。深呼吸をするんだ」

それは聞きなれた直の声だった。

「そんな狂ったように叫ぶと、お前が舌を噛んで死ぬぞ。まずは落ち着け」

口の中に布を押し込まれる。すると周囲でこだましていた獣の声はぴたりとやんだ。

「喜兵寿、落ち着いてよく聞け。まずは下の町に戻ろう。自分たちの目で事実を確認しよう。これからのことは、それからだ」

「……やる」

喜兵寿は振り上げた手を、強く地面にたたきつけた。

「必ず!あいつの首をとってやる」

そう叫びながら、何度も何度も地面を殴る。こぶしから血が流れ落ちていくのが見えたが、そんなことはどうでもよかった。

村岡の狡猾そうな顔が脳裏に浮かぶ。あいつの保身のために、自分の大切な妹が殺された。大事な店、そして常連客たちを邪魔だとののしり、町から排除しようとした。

許せない。絶対に許せない。許してはいけない

喜兵寿は大きく、深く息を吐き出した。血が一気に足元まで落ち、頭は妙に冷静だった。

「……戻ろう。下の町に」

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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