一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

コラム

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 164~麦酒は黙して育ち、黒船は町を睨む 其ノ肆

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

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発酵は順調に続いていた。

耳を澄ませば、「ぶつ、ぶつ、しゅわ」と聞こえてくる音。乳白色の泡はところどころで盛り上がり、全体が呼吸をしているようにも見える。その「生の気配」がなんともおもしろく、直は暇さえあれば、樽に齧りついていた。

だから夏が蔵に飛び込んできたときも、直はその異様さに気づかなかった。樽に顔を向けたまま、のんきに「おかえり~」と声をかける。

次の瞬間、襟首をものすごい力で引っ張られ、直は派手にひっくり返った。驚いて見上げた先には、鬼のような形相でこちらを睨みつけている夏。

「牢屋敷を燃やす。手伝って」

「おう?なんだよ、急に物騒だな」

何が何だかさっぱりわからなかった。しかしよく見れば、夏の顔は真っ青で、全身は小刻みに震えている。

「なにかあったのか?」

「……三日後に」

夏は奥歯を噛みしめ、吐き出すようにして叫んだ。

「三日後にきっちゃんが殺される!わたし聞いたの。あいつら、きっちゃんを殺すつもりだ!」

その目からはぼろぼろと涙があふれだす。

「どうしよう!助けなきゃ!」

泣き崩れる夏を前に、直は自分でも意外なほど冷静だった。心のどこかで「やはりそう来たか」という思いが広がっていく。

「皆を集めよう。作戦会議だ」

――

目の前に取り乱した人がいると、自分はまず落ち着かねばと思うものなのだろう。

蔵に集まったつる、幸民、小西、そして金ちゃんは、子どものように泣きじゃくりながら話す夏の言葉を黙って聞いていた。

「なるほどな。状況はわかった」

幸民は苦々しい表情のまま、徳利を煽る。

「おそらくだが、浦賀の民がこちらに避難してきたことも関係しているだろうな」

幸民の言葉に、小西も頷く。

「黒船もいろいろと動き出していると聞く。びいるは黒船のために必要とされた酒。それが出来上がることを待てなくなったのかもしれないな」

約束の日まであと5日。発酵は順調だ。このままいけば、どうにか期日に間に合うはずなのに……直は強く拳を握りしめた。

「なぁ、どうやったら喜兵寿を助けられる?夏の言うように、牢屋敷に火でもつけるか?」

「そんなことをしても無駄だろうな」

直の言葉を、幸民がぴしゃりと遮る。

「小伝馬の牢屋敷はこの国一番とも言われる、強固な牢だ。一度収監されてしまえば、鼠一匹逃げ出すことはできない。ボヤが起こったところで、素人が助け出すことなんて到底無理だ」

「じゃあどうしたら……」

「だからそれを今から考える」
「それをいまから考えよう」

同時に同じようなことを口にした幸民と小西は、顔を見合わせにやりと笑った。

「正面突破が無理なら、横から崩すまでだ」

――

死というのものは、ねっとりと纏わりついてくるものなのだと知った。自分の吐いた息にすら、嫌なにおいが混じるような気がする。

叫び出したい衝動を必死に飲み込み、喜兵寿は「逃げるためにできること」をやり続けていた。両の手と、右足は縄でしっかりと結ばれている。どうにかそれらを切ることができないか、そう思って引っ張り続けるものの、食い込み続けるだけで、皮膚から血が流れるだけだった。

「……くそっ!」

身をよじり、思いっきり暴れると、着物の帯がほどけた。ずるりと前がはだけ、擦り切れた肌が露わになる。振り乱した長い髪に、汗と泥を吸って重くなった着物。

あぁ、自分はいま、どんな姿をしているのだろう。
人間の形を、まだ保っているのだろうか。

喜兵寿は自分が絶望のどん底に落ちていくのを感じた。

――いっそのこと、今舌を噛み切って死んでしまった方がいいのではないか

帯は完全に解け、ぐしゃりと床に落ちる。その拍子に、帯の内側から小さな金属音がした。からん、と乾いた音を立てて転がったそれに、喜兵寿は一瞬、目を見開く。

それは、直が瓶を開けた奇妙な道具だった。

鉛色のそれは、見るからに堅そうで、静かに光を発しているように見える。

喜兵寿は目を閉じると、息を吐いた。細く、長く。そしてその道具を口で拾い上げると、器用に自分の手へと落とした。

持ち手を握りしめ、真ん中の穴の部分にひっかけるように縄を擦る。すると縄の表面は少しだけけば立った。

「あいつはこんな使い方したこと、ないだろうな」

直のとぼけた顔を思い出すと、ふっと身体が緩むような気がした。

「一緒にびいるを造るって約束したんだ。こんなところで油売ってる場合じゃねぇよな」

喜兵寿は力を込めると、何度も何度もそれを縄に擦り付けた。ずっしりと重いその道具は、動かすたびに熱を帯びていき、喜兵寿の掌と、胸の奥を同時に焼いた。

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

作中で完成する「江戸ビール」、現在発売中です。小説を、物語のエンドロールを飲む、という体験
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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、同梱物執筆などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。