[コラム,ビアバー]2025.12.26

【ビールを通して感じる韓国㊶】お勧めだったタップルームの閉店(アメイジングブルーイング@聖水洞)に思うこと

先々週、ソウルのひとつのタップルームがその営業を終了しました。ソウル・聖水洞(성수동・Seoungsu-dong)にあるアメイジングブルーイング(AMAZIING BREWING)直営のタップルームです。
開店は2016年春。1959年に建てられた工場として使われていた建物をリノベーションし、醸造設備も備え、カウンターの前には建物ができた1959年にちなんで59あるタップとビールの紹介がずらりと並んでいました。
私自身がここを初めて訪問したのは、2018年3月。ソウルという都会の中にありながらビアガーデンのような外の部分を含め広々していて、ビールが美味しく種類も圧倒的に多く、お店の方がとてもフレンドリーでした。そしてその印象は、その後数回訪ねたときも変わらぬままでした。
私に韓国のクラフトビールの面白さや奥深さを教えてくれたタップルームのひとつで、交通の便も良いので、「ソウルでお勧めのタップルームを教えて」と聞かれたときには必ず名前を挙げてきました。


(2018年の初訪問時に撮影)

日本以上に飲食店の入れ替わりは激しい韓国。ソウルという大都市でビールが飲めるお店が閉店すること自体は、それほど珍しいことではありません。お店が閉店したというニュースは、開店情報などに比べるとあまり役に立たないものだとも思います。
それでもこの記事を書いておきたいのは、このタップルームが消えてしまったことが、最近の韓国のクラフトビールの傾向を表していると感じたからです。

アメイジングブルーイングへの最後の訪問

アメイジングブルーイングのタップルームについては
【ビールを通して感じる韓国⑥】ソウルとその近郊でクラフトビールを飲む(2) アメイジングブルーイング(AMAZIING BREWING)@聖水洞(2023.5.16)でかつて詳しく紹介しました。

聖水洞にあるアメイジングブルーイング直営のタップルームが閉店になる…そう知ったのは、今年10月のSNSのブルワリーの投稿でした。以前から覚悟はしていたので驚きではなかったものの、とても残念に思いました。
幸い、告知から閉店まで2か月あり、その間にソウル滞在の予定があったので11月の中旬にもう一度訪問することができました。

地下鉄2号線聖水駅から人通りが多い場所からは少し外れ、徒歩8分ほど。小学校を右手に向かうと高い建設中のビルが見えます。この現場はタップルームの隣。以前に来たときも建設中でしたが、思ったよりも高さのあるビルになりそうだというのは今回初めてわかりました。

タップルームの雰囲気は今年2月に訪問したときと変わっていません。韓国のお店としては、当初からすっときちんと営業時間が表示されているのも好印象でした。(実は8月にもスケジュールの合間をぬって来てみたのですが、この表示があったことで開店1時間前に着いてしまったことがわかりました。)
今回の閉店に関する表示は、少なくともこの時はまだ見当たりませんでした。


テーブルでもいいと言われたのですが、カウンターを選びました。韓国ではひとりでの食事や飲みがまだ珍しいこともあってか、タップルームでカウンターがあっても席としてあまり活用されていないことがほとんどですが、ここではそんなことはありませんでした。そして、ずらりと並ぶタップとビールの紹介を眺めることができるカウンター席が特等席だと、私は感じてきました。
閉店が近いということでビールの種類は減ってはいましたが、ざっと数えて20種類ほどありました。

注文はタブレットから。「以前来てるよね。日本語だよね」と言語の設定をしてくれました。従業員の方の、この記憶力の良さも魅力のひとつでした。
絶対飲もうと思っていたのが、フラッグシップでお勧めされたこともあるFirst Love。この日は昼間から飲んでいたこともあり一杯だけで帰るかもしれないと思ったので、最初に頼みました。
アルコール分は6.5%、IBUは40。7900ウォン(約870円)でした。

ここには、韓国にしては珍しく軽めのつまみがあるのでいつもは食べるとしたらそれだったのですが、今回は最後なのでしっかりとピザを食べておきたくて、16000ウォンのマルゲリータを注文しました。

少し食べたらもう一杯は飲んでおきたいと思えたので、小麦系のビールからアルコール分5.5%、IBU9のミルタン(5900ウォン・約650円)を追加。最初から両方飲むと決めていたら逆の順番で飲んだらよかったとは思いましたが、自分の好きなタイプのビールで最後を締めることができたのでこれはこれで満足でした。

店内の雰囲気がほぼいつもと変わらなかったので、会計のときに確認しましたがやはり翌月には閉店するとのこと。私が残念な気持ちを伝えると「今日また訪ねてくれてありがとう」と言ってもらい最後には握手。そして10年間の思い出にと醸造された記念ビールAMAZING DAYSをいただきました。

スタイルは春を感じさせるホッピーラガー。缶にはタップルームがデザインされており、GoodbyeとThank youの文字もあります。「記憶の中に素敵な思い出、温かい印象が残りますように…」という思いが込められているとのこと。こういうビールを造って渡してくれる…最後まで素敵なブルワリーのタップルームでした。
閉店はとても残念なことではあるけれど、最後に改めて訪問できていい思い出がひとつ増えたことはとてもありがたく感じました。

閉店の理由を推測する

閉店がとても残念だったアメイジングブルーイングのタップルームですが、閉店のニュースは驚きではなく、来るものがついに来た…と感じました。その理由はふたつあります。

聖水洞という場所の変化

今年2月に2年ぶりにアメイジングブルーイングを訪問した際、初めて遠目に所在地あたりにクレーンが見え「もしかして閉店してしまった?」と不安に駆られました。実際近づいてみると、クレーンがあったのは隣の敷地だったのですが、この場所でこのような雰囲気のあるタップルームは長くは維持されないだろうとこの時覚悟しました。

(2025年2月撮影)

韓国ソウルの東部に位置する聖水洞。現在では、地元の若者にも観光客にもとても人気がありますが、約15年前までは寂れた廃工場や倉庫が取り残された地域でした。
かつては鉄鋼や印刷、繊維などの工場が繁栄し、中でも韓国全土に流通する靴を生産する大手の会社の工場が多く建てられた聖水洞。協力業者や靴職人も次第に集まってきた結果、韓国最大のハンドメイドシューズ産業の中心地として栄えていました。
ところが1997年のアジア通貨危機の際、経営難に陥る企業が増え、大規模な工場はより地価の低い郊外に引っ越しました。その結果、聖水には小規模な革の問屋や靴の工場、自動車整備工場だけは残ったものの、街は衰退し徐々に人々は街を去り、廃工場や倉庫が淋しく残されるようになりました。
その後、聖水洞の雰囲気が変わり始めたのは2010年以降のこと。廃工場や倉庫を改装した改装したカフェやレストランが少しずつオープンして、寂れた工業地域がトレンドの発祥地へと変わっていきました。
それでも私が初めて聖水洞を訪問した2018年には、まだ町工場の雰囲気が残り、夜の通りはそれほど明るくはなかったのを記憶しています。急速な変化で、地元客だけでなく観光客まで足を運ぶようになったのはここ数年のことです。足を運ぶたびに新たな建物やお店が出来ていて、道を歩く人もどんどん増えています。

しかし店舗などが押し寄せたことで家賃が高騰した結果、地価が上昇し、お店を構えられるのは資本力がある企業に限定されてしまい、個性的な小規模ブランドが移転などを余儀なくされている側面もあります。今回のアメイジングブルーイングのタップルームの閉鎖も、そんな事情も絡んでいるのかもしれません。
聖水洞という地域が今後どうなっていくのか…急速すぎる変化が気になるので、好きだったタップルームはなくなってしまいましたが今後も気に留めておきたいと思います。

クラフトビールの生産量は増えていても…

韓国ではクラフトビールの生産量が徐々に増え、それに伴い大規模な工場を建てるために工場を地方へ移転するブルワリーも多くなりました。かつて聖水洞で大規模な工場がより地価の低い郊外に引っ越したのと同じことが、近年クラフトビールの現場でも起こってきました。
さらに昨年後半あたりから、特にソウルや釜山のような大きな都市で、いくつものブルワリーとその直営タップルームに下記のような気になる変化を私でも感じていました。経営という面から考えると、今まで通りにタップルームを維持していくことが楽ではないことがうかがえます。

・人気のあった醸造所と併設のタップルームの閉店(クラフトビール事業からの撤退)
・直営のタップルームを閉鎖し、樽で他店での提供のみになる
・数か所あった直営のタップルームの数が減少(3か所⇒1か所など)
・醸造所と併設されていた直営タップルームを醸造所と切り離し、タップルームを人が集まる場所(地下鉄の駅近く、ホテルの中、公園の一角など)に移転する

韓国では少し前からスーパーやコンビニで、缶でのクラフトビールの販売が目立つようになりました。特にコンビニでは品ぞろえも充実し、3~4缶まとめ買いすると割引になる表示もよく見かけます。クラフトビールの生産量が増えていたとしても、それはタップルームの賑わいが増したというよりも、缶ビールでの消費が増えているのだと思います。
聖水洞にあるアメイジングブルーイングのタップルームも閉店になりますが、それは醸造を止めてしまうということではありません。醸造所はソウルから車で約1時間の磁器と米の産地として有名な利川(이천・Icheon)にもあるので醸造は続け、タップルームで飲めたほどの種類はないとしても、コンビニでの缶ビールの販売も続くそうです。

コンビニで手軽にいろいろなクラフトビールを買えれば、その味わいや楽しみを手軽に知ることができます。直営のタップルームを運営するよりより効率的なのかもしれません。でも私は缶ビールで味わうよりも直営店でビールを飲むのが大好きで、そのタップルームの雰囲気まで含めてブルワリーの魅力だと思ってきました。
お目当てのブルワリーの直営店がなくなりどこで飲めるかわからなくなってしまったり、缶でしか飲めなくなってしまったら、飲めるチャンスが残っていることはありがたいですが、やはりとても残念です。そしてこれまでの流れから特に都市では、醸造設備併設で残るのが若者や観光客受けしそうな新しくスタイリッシュなタップルームばかりで、個性的なタップルームがなくなってしまうことも懸念しています。
そんな心配な点も含めて、2026年も引き続き韓国のクラフトビール事情を追っていきたいと思います。

*100ウォンを約11円として換算しています
*日付の記載がない写真は、全て2025年11月に撮影しています

AMAZING BREWINGアメイジングブルーイング聖水韓国クラフトビール

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

(一社)日本ビアジャーナリスト協会 発信メディア一覧

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この記事を書いたひと

きただ ともこ

ビアジャーナリスト

ビールと旅と野球観戦が大好きです。
主に、ビールがどんな土地で造られてどんな感じで飲まれているかに関心があり、気になるビールが出来るとその地元を訪ねたくなります。日本全国たまには海外にも足を運び、特に国内は岩手、海外は韓国のクラフトビールに注目してきました。
ビール好きがきっかけで岩手にどっぷりはまり、2019年4月から岩手沿岸の仮設住宅に住みながらの仕事を経験。現在も岩手に拠点を置き、得た情報を実際にこの目で確かめながら、岩手中心に東北地方のビール事情を発信してきました。最近は、日本語での情報が少ない韓国のビールについても、現地に足を運んで手に入れた情報をもとに記事にしています。

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