一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

コラム

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 163~麦酒は黙して育ち、黒船は町を睨む 其ノ参

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、2026年10月1日に販売開始です

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その日、牢の中はいつもよりも少しだけ騒がしかった。縛られたまま、何もすることのない日々だ。周囲の変化には、嫌でも敏感になる。

壁の外では、くぐもった話声。そして何人かの足音が聞こえている。

「近く、誰か処刑になるぜ」

近くに収容されている男の声がした。笑いながら、誰ともなしに話しかけている。

「俺はよ、もう何年もここにいるからよ、わかるんだわ!ありゃあ処刑の通知が出たな。もうすぐ誰か死ぬぜ」

外は雨なのだろう。牢内に充満したかび臭いと、男の甲高い叫び声で、だんだんと頭が痛くなってくる。

「あー!俺だといいなぁ!早く処刑してくれよぉぉぉぉ!早く楽になりてえなぁぁぁぁぁ!」

小伝馬町の牢座敷は、「殺さずに殺す」場所とも言われている。何年もここに閉じ込められていれば、おかしくなるのも当たり前だ。喜兵寿は喉元にせりあがってきた恐怖を、必死で飲み込んだ。

大丈夫、大丈夫だ。自分は悪いことなど何もしてはいない。待っていれば必ず助けは来るはずだ。大丈夫、大丈夫……

その時、外から低い声がした。

「柳やの喜兵寿で間違いないな」

気持程度につくられた、格子窓からぎょろりとした目が見える。身なりは整っているから、きっと牢番だろう。

「……はい」

久々に発した声は、自分のものとは思えなかった。掠れて、弱々しい。男は浅く頷くと、こちらにゆっくりと視線を向けた。

「柳やには世話になった。実にうまい店だった……残念だ」

それだけ言うと、すっと姿を消した。

「おいおいおい、処刑は俺じゃないのかよぉぉぉぉぉ!まじかよ、変わってくれよぉぉぉぉ!」

縛り付けられた縄がぐんっと重くなった気がした。胸の中心部に刺すような痛みが走り、どくどくと早鐘を打つように跳ね続ける。

――処刑されるのは、俺か。死ぬのか?ここで?

全身から冷たい汗が噴き出し、身体が傾く。喜兵寿は必死で、壁にしがみついた。がたがたと鳴る奥歯を必死で噛みしめ、呼吸を続ける。

「……逃げなければ」

―――

「きっちゃぁん!今日も来たよ~」

夏は傘をさしたまま、くんくんっと空気の匂いを嗅ぐ。雨のせいで少し薄れてはいるが、そこに喜兵寿のにおいを嗅ぎ取り、にっこりとほほ笑んだ。

小伝馬の牢座敷の周辺は、もう庭のようだった。喜兵寿がここに捕まっていると知ってから、一日何度も訪れているのだ。どこに何があって、何時ごろに誰が立つのか。夏はそれらをすべて把握していた。

夏は肩に担いだ天秤棒を、よいしょと下ろすと、牢番に声をかけた。

「こんにちはぁ!麦湯、いかがですかぁ~?」

しかめっ面だった牢番は、夏の顔を見ると相好を崩した。

「おぉ、ねえちゃん。最近寒くなってきたからなぁ、あったかいやつを一杯おくれ」

何かしらの情報を得られれば、そう思って始めたここでの麦湯売り。今ではすっかり牢番たちとも顔見知りだ。

「なんだか今日は人の出入りが多くないですかぁ?」

麦湯を手渡しながら聞くと、「そうなんだよ」と牢番は顔をしかめる。

「急遽、処刑が決まってな。ふつう処刑なんてもんは手続きがいろいろあるもんで、ひと月前くらいには通知があるんだけどよ。今回は急も急」

牢番は麦湯をすすり、ため息をついた。

「3日後だってよ。それであっちもこっちもてんてこ舞いよ」

「あぁ、それで……」

夏は微笑んだまま、無邪気に聞いた。

「処刑ってことは、そうとう悪いことしたんですね~どんな人なんですか?」

「それがよ」
牢番は周囲を見渡すと、こそこそっと夏に耳打ちをした。

「柳やって店、知ってるか?あそこの店主なんだわ。俺あの店好きで行ってたんだよな」

「へぇ~、そうなんですね」

今、声が裏返らなかったか、ちゃんと笑えているか?夏は必死で自問自答しながら、牢番から代金を受け取る。

「いつもお買い上げありがとうございますぅ」

「……実はねぇちゃんの顔を見るのが楽しみでよ。今度、休みの日に飯でも一緒に……」

「では、また。ご贔屓に~」

もにょもにょと話し続けている牢番にくるりと背を向け、夏は歩き出した。

無理やり上げた、口角が引きつる。まだだ、まだ。何事もなかったかのように、麦湯を担いて真っすぐに歩く。軽やかに。しなかやに。

しばらく歩き、角を曲がった瞬間、夏は鬼の形相になった。

「ふっっざけんじゃねえよ!」

天秤棒を担ぎ直し、着物をまくり上げると、全速力で走りだした。

このままでは、きっちゃんが処刑されてしまう。3日後。それまでにどうにかしなくては。

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、同梱物執筆などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。