【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 168~麦酒は黙して育ち、黒船は町を睨む 其ノ捌
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

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村岡は、終始苛ついていた。感覚は研ぎ澄まされているにも関わらず、自分の周りに靄がかかったような、そんな違和感。予想もしていなかったことがあちらこちらで起こり、その対応を求められた。
瑞光寺の一件もそうだ。現場に向かってみれば、涼しい顔をした住職が「自分は何も知りません。言われたとおりにしていました」「浦賀の皆さんも不満が溜まっていたんでしょうなぁ」と呟き、「わたしは仏に使える身。争いには加担できません」と寺の中へと消えていった。
「あの住職、いつか牢座敷送りにしてやる……」
村岡は吐き捨てると、頭から井戸水を被った。まだ日の昇らない時間帯。肌を刺す冷たさが、内側に燻る苛立ちを一瞬だけ凍らせた。村岡はそのまま、2度、3度と水を被ると、乾布摩擦を行った。今日は大切な日だ。柳やが失敗したことをお上に伝え、その代わりとなる策を提案する。
だんだんと白み始めた空を見つめ、村岡はふぅっと息を吐いた。
日本が見せるべきは「武」だ。刀を持たないようになり久しいが、剣術の達人たちは多くいる。居合、鞘に収まったままの刀を一息に抜き放ち、斬り、そして納めるまでを一続きとする武芸。その一瞬の美しさは、同時に、この国の強さそのものでもある。その武を目の当たりにすれば、奴らも驚き、出方を改めるだろう。我が国の威武を、異国に示す必要があるのだ。
身支度を整えると、村岡は牢座敷へと向かった。門戸をくぐり、責任者を呼ぶ。
「本日執行の処刑、すでに用意はできているか?」
村岡の言葉に、責任者の男は顔を曇らせた。
「本日執行の……処刑ですか?」
「そうだ、柳やの喜兵寿だ。既に通知は届いているだろう」
「え?いや、あの、えっと」
目の前の男は、みるみる血の気を失っていく。
「……柳やは昨日引き出しだったのでは?町奉行所の役人たちがやってきて……」
「つまり!どういうことだ!」
村岡が叫ぶと、責任者の男は飛び上がるようにして土下座をした。
「柳やは、既にここにはおりません!」
(やられた!)
「引き出しの文書を見せろ!」
責任者の男が震える手で持ってきたのは、たしかに公式文書だった。割り印、日付、署名などどこにもおかしな部分はない。しかし自分はこんなものを出した覚えはなかった。村岡は文書を握り潰し、そのまま引き裂いた。
「引き出しが前日に行われることなどない!おかしいと思わなかったのか」
「……申し訳ございません」
「謝って済むか!もういい、お主の処分は後ほど考える」
そう言い捨てると、村岡は座敷牢を後にした。怒りに任せて足を進め、どうにか状況を整理しようと路地裏に入る。
「弥彦!」
鋭く叫ぶと、暗がりからぬるりと男が姿を現した。
「ひっひっひっ……村岡様、お呼びで」
「今のやりとりを見ていただろう。柳やが脱獄した。なぜ気づかなかった」
「ひっひっひっ……村岡様もお人が悪い。弥彦は座敷牢を見張っていろとは、一言も言われておりませんで……」
ちっ、村岡は舌打ちをすると、暗闇を睨みつけた。
「この状況、どう思う」
「小伝馬の牢座敷は村岡様の管理下。つまりここでの失敗は、村岡様の責任になりかねませんねぇ。つまり公にすれば、ご自身の首を絞めることになるかと……ひっひっひっ……」
「そんなこと、わかっているわ!」
村岡は壁を叩きつけた。
「弥彦、柳やを追え。そして隠密に始末しろ」
「おぉ、こわやこわや……弥彦は非力な男。出来るかどうかわかりませんが……仰せのままに」
再びぬるりと消えた影を確認すると、村岡は踵を返した。柳やの始末はおそらく完遂されるだろう。順序は違えど、死ぬことには違いないのだ。土色の酒の失敗と、「武」の提案を携え、村岡は城へと向かった。
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









