[コラム,ブルワー]2018.12.1

伝統的な手法と味を守り続け、ファンを大事にするBREWERY【ブルワリーレポート 石川酒造編】

東京都福生市にある「石川酒造」。1863年(文久3年)から続く歴史ある日本酒の蔵元。ここで1998年からつくられているクラフトビールブランドが「多摩の恵」だ。フラッグシップであるペールエールをはじめ、伝統的なビアスタイルの他に、瓶内二次発酵で熟成させる「ボトルコンディションドビール」も手がけている。今年で醸造開始から20年。その歩みと醸造への思いを聞いてきた。

ビールづくりの最初は明治21年!?

実は、石川酒造のビールづくりの歴史はかなり古い。明治21年2月からビール醸造をスタートしており、「日本麦酒」(英文ラベルはJAPAN BEER)の名前で地元や東京・横浜へ販売をしていた。しかし、当時は王冠の技術がなく、瓶が破裂しやすいなどの理由で、2年後の明治23年に醸造設備を売却してしまっている。

東京ドームと同じ規模の敷地をもつ「石川酒造」。現在は、日本酒をつくる蔵のほかにブルワリーや資料館、レストランが敷地内にある。画像の左手前がレストラン「福生のビール小屋」。その奥にブルワリーがある。

108年という長い月日が経ち、時代が変化しているとはいえ、一度手放したビール事業に取り組むことになったのにはどのような思いがあったのだろうか。

「再びビールづくりに取り組もうとなったのは、現社長の強い思いですね。1994年に規制が緩和され、年間醸造量2,000KLから60KLに変更になったことで、日本全国に小規模醸造所が誕生しました。当時はよく、多くの方に『なんでビールをつくらないのですか?』と聞かれました」と話すのはビール醸造部醸造長の清水秀晃氏。

資料館にある当時のラベル(レプリカ)や瓶。この他にも当時の様子を知ることができる資料が展示されている。

「しかし周囲は1度失敗しているし、日本酒の醸造元が『何でビールをつくるの?』と猛反対でした。同業者からも『もっと酒づくりを真剣にやれ』という強い批判も受けました。私はビールが大好きでしたから『やった!』という感じでしたけどね」。周囲の猛反対を受けながら、現社長は「もう1度、石川酒造でビールをつくりたい」という思いを胸に、約2年ベルギーやアメリカへ醸造設備などの視察を重ね準備をして再びブルワリーを立ち上げた。

敷地内には明治時代にビールを実際につくっていた釜が展示されている。

麦芽の破砕が美味しさに影響する

「美味しいビールをつくるためには麦芽の破砕が重要です」。

清水氏にビールづくりで大事にしていることを聞くと、予想外の答えが返ってきた。麦芽の破砕と回答するブルワーはこれまでいなかったので、どんな理由からなのかとても気になった。

「きちんと破砕ができていないと1番搾り麦汁の糖度が低くなります。そうすると発酵の環境も悪くなり、美味しいビールになりません。それと麦汁の量も少なくなってしまうのでビールの液量も少なくなり、コスト面にも影響します。品質だけではなく、経営面からみても麦芽の破砕は重要なのです」。

工程がスムーズに進むときとそうでないときを1つ1つの工程で原因を突き詰めていった結果、たどり着いた結論が麦芽の破砕だった。

使用している破砕機。破砕の具合でビールの液量が100L~200Lも変わるという。

麦芽が湿気で酸化しないよう必ず、当日に破砕。仕込みの際には、清水氏がほぼ担当する徹底ぶりだ。

ファンを魅了し続けるのは、忠実に伝統的なスタイルを守り続けたから

地下水をそのまま使っている石川酒造のビール「多摩の恵」。ラインナップの多くは、伝統的なスタイルが多い。

「最近はブルワーの考えで色々とレシピを組み、自由につくれるような流れが生まれてきていますね。私たちは、醸造をスタートして20年が経ちますが、色々あるビールのスタイルのなかでも伝統的なスタイルに忠実なビールをつくり続けています」。

当時はピルスナー以外のビールは知られていなかったことや今ほどスタイルが多様化していなかったこともあるが、清水氏はこう言う。

「音楽でも料理でも基本がしっかりとしていないとアレンジしても品質の良いビールはつくれません」。

スタンダードながらも「高品質なビール」。それが「多摩の恵」のポリシーなのだ。

「多摩の恵」のラインナップ。右からミュンヒナーダーク(デュンケル)、ペールエール、ピルスナー。1番左は、季節限定のブルーベリーエール。
ちなみに清水氏の思い入れが強いのは、ピルスナー。「シンプルですが奥がとても深い。ビールづくりの基本ともいえるスタイルです」。

レシピもこの20年ほとんど変えていない。

「私たちのビールは、長年飲み続けてくださる方が多いので、例えばペールエールを急に流行りの柑橘系アロマが特徴であるホップに変更してしまうと『あの味が好きで飲んでいたのに』となってしまうのです。それとビールを飲めなかった方が『多摩の恵』で『飲めるようになった』『好きになった』と仰ってくださる方がたくさんいます。そのように言ってくださるファンの方がいるのに『流行っているから』という理由だけでレシピを変えてしまうのは、ファンを裏切ることになると思うのです。葛藤がないと言ったら嘘になりますが、それだけはしたくないのです。ですから基本に忠実なレシピでつくり続けています」。

発酵タンク 2KLが4本。4KLが3本。貯蔵タンクは4KLが5本。1KLが4本。現状、これだけの設備でも足りないという。

時を重ねて楽しむというスタイル

「石川酒造」のビールには、まだ日本では珍しい「ボトルコンディションドビール(※1)」がある。つくりはじめて15年。きっかけは何だったのだろうか。

※1 最初の発酵を終えたビールを瓶詰する際に酵母と糖分を加え、瓶内で発酵・熟成させる。

「社長から『もっと旅をできる(遠くへ運べる)ビールをつくれないか?』という提案だったと思います。ベルギーのビールを参考にして、熱処理をしなくても常温流通が可能という理由からはじめました」。

現在はチルド輸送が可能になっているため、当初の目的は果たしているが、それでもつくり続ける理由を次のように話す。

「このビールの面白いのは、年数を重ねるごとに全然違うキャラクターになるところ。ビールが長期熟成できることを知っている人は、まだ少数です。それを知るきっかけとなると思います。購入したら5年は保存してほしいですね」。

ビアギークのなかには10年以上、保存している人もいる。ワインのように熟成の変化を楽しめるのが、ボトルコンディションドビールの良さだ。

人気の衰退を体験してきたからこそ思う「品質」へのこだわり

「石川酒造」でビール醸造開始から携わってきた清水氏。業界をみてきて、今どのようなことを意識しているのだろうか。

「昔は業界全体として醸造技術が低く、2000年過ぎごろからクラフトビールは、『高いし、美味しくない』と世間のイメージがついてしまいました。逆風のなか各社、必死に品質の向上に努め、最近また注目されてきました。お客様も昔よりも知識も深く、美味しいビールを選ばれます。お金をもらっている以上、プロフェッショナルとして品質の良いビールを提供しなければ応えてくれません。だからこそ今、努力をしなければ、再び同じこと繰り返してしまうと危惧しています」と、様々な苦い思いもしてきたからこそ業界全体としてさらにレベルアップが必要だと語る。経験の浅いブルワーに対しても「自分の経験でよければ喜んでお伝えします」と協力を惜しまない姿勢だ。

厳しい時代からファンの期待に応え続け、信頼を積み重ねてきた「石川酒造」。シンプルでありながら奥深さを感じさせる彼らのビールは、いま新たなファンも生み出している。まだ飲んだことがない人がいたら歴史も学べるので、1度は訪れてほしいブルワリーだ。

醸造長の清水秀晃氏。現在は2名体制で醸造を行っている。

★こちらも合わせて読みたい

ビア女の酒場放浪記(44)【前編】私をビアマニアに変えた日本酒蔵「石川酒造 多摩の恵」

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◆石川酒造 Data

住所:〒197-8623 東京都福生市熊川1番地

電話:042-553-0100

FAX:042-553-2017

Homepage:http://tamajiman.co.jp/

Facebook:https://www.facebook.com/tamajiman/

Twitter:https://twitter.com/tamaji_man

ブルワリーレポートボトルコンディションドビール多摩の恵清水秀晃氏石川酒造

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

こぐねえ(木暮 亮)

ビールコンシェルジュ

『日本にも美味しいビールがたくさんある!』をモットーに応援活動を行っている。実際に現地へ足を運び、ビールの味だけではなく、ブルワーのビールへの想いを聴き、伝えている。飲んだ日本のビールは4000種類以上(もう数え切れません)。また、ビールイベントにてブルワリーのサポート活動にも積極的に参加し、ジャーナリストの立場以外からもビール業界を応援している。

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