[コラム]2020.11.8

猫は肝臓でアルコールを分解できません! 「吾輩」の酔い加減を読み解く

夏目漱石の小説『吾輩は猫である』(1905~1906年発表)。冒頭の2文は、あまりにも有名ですね。

吾輩は猫である。名前はまだない。

また、物語の最後、「吾輩」(主人公の猫)が飲み残しのビールを飲んで酔っ払い、誤って水がめに転落して亡くなるシーンも、ビアラバーにとっては酒場でのちょっとしたウンチクのネタだったりします。(*1)

(*1) 関連記事:「ビールのネタ帳(4)下戸で猫を死なせてしまった夏目漱石」

表紙イメージ(画像引用元:岩波書店webサイト

 

猫にアルコールは厳禁!

さて、この最後のシーンでの「吾輩」の酔い加減は、どの程度だったのでしょうか。

まず強調しておきたいのは、猫にアルコールは厳禁だということです。
猫の肝臓にはアルコールを分解する酵素がありません。(*2) このため、摂取したアルコールは、体内に長時間とどまり続け、中枢神経に影響を及ぼしてしまうのです。

(*2) ベネッセコーポレーション「ねこのきもちWEB MAGAZINE」より「【獣医師が解説】猫にアルコールが絶対NGの理由は、猫と人の肝臓の違い」

 

はたして血中アルコール濃度は

アルコールが毒だなんて、そんなことはつゆ知らず、「吾輩」はビールを飲んでしまいます。

コップが盆の上に三つ並んで、その二つに茶色の水が半分ほどたまっている。
(中略)
吾輩は我慢に我慢を重ねて、漸く一杯のビールを飲み干した時、妙な現象が起った。始めは舌がぴりぴりして、口中が外部から圧迫されるように苦しかったのが、飲むに従って漸く楽になって、一杯目を片付ける時分には別段骨も折れなくなった。もう大丈夫と二杯目は難なく遣付けた。ついでに盆の上にこぼれたのも拭うが如く腹内に収めた。

飲んだ量はコップ2個にそれぞれ半分ずつ、つまりコップ1杯分。180mLくらいでしょうか。
2歳のオス猫である「吾輩」の体重を4kgと仮定すれば、このビールの量は、人間(体重60kg)に換算すれば2.7L相当、つまり、ビール中びん5~6本分。これだけ飲めば、確かに酩酊しますね。血中アルコール濃度は0.16~0.30%、千鳥足になったり吐き気を催したりするレベルです。(*3)
そして「吾輩」は、千鳥足の状態で歩き回るうち、誤って水がめに転落し、死んでしまったわけです。

お酒の席での失敗にも大小いろいろありますが、命を失ってしまっては本当に取り返しがつきません。皆さんは、くれぐれも安全第一で、節度ある飲み方を心がけてくださいね。

(*3) 参考:公益社団法人アルコール健康医学協会「飲酒の基礎知識」

 

ラストシーンだけにこだわらず、ぜひ通読を

ところで、この物語のラスト5文、「吾輩」が水死するところを読んでみてください。

吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。

もともと堅苦しい文体で書かれているとはいえ、酔っ払いの大失敗にしてはずいぶんと芝居がかりすぎな、そして達観しすぎな言い回しだと思いませんか?

実は、この小説の随所で、近代文明に対する痛烈な批判が展開されています。
そして最終話(第11話)の前半では、近未来の文明下における生と死に関する、苦沙弥先生(『吾輩』の飼い主)の論説が繰り広げられます。

死ぬことは苦しい。しかし死ぬことができなければなお苦しい。神経衰弱の国民には生きている事が死よりも甚しき苦痛である。従って死を苦にする。死ぬのが厭だから苦にするのではない。どうして死ぬのが一番よかろうと心配するのである。

こういった流れを受けているからこそ、最後の1節は、上で引用したような達観した言葉になるのでしょう。
ラストシーンだけを聞いたときとは、ずいぶん印象が変わりますよね。

 

『吾輩は猫である』。造語も多く、独特の文体ですので読むのには少々骨が折れる一冊ですが、ぜひ、秋の夜長に、ビール片手に全11話を通読してみてください。

 

<書籍概要>
『吾輩は猫である』
著者:夏目 漱石
発売日:1990年4月16日
価格:本体700円+税
判型・ページ数:文庫判・564ページ
出版社:岩波書店
Amazon商品ページ

 

ブックレビュー吾輩は猫である夏目漱石書評

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

大橋万紀(おおはしまき)

ビアジャーナリスト

1982年大阪市生まれ、神戸市在住。関西のビールシーンを盛り上げるべく活動中。
大阪府立大学大学院修了、博士(工学)。専門は有機化学。
キリンビールが2007年に実施した、歴史的ビール復元プロジェクトの「復元ビール味覚評価会」にたまたま参加。ビールの奥深さ・幅広さに圧倒され、ビール好きとしての第一歩を踏み出す。
2012年、新婚旅行で訪れたドイツ・ミュンヘンのビアガーデンで飲んだビールの爽快さに感激。以降、ビール愛にあふれた生活が始まる。
目下の悩みの種は、自宅の冷蔵庫がビールで占有されていっていること。レアなビールを開栓するきっかけと勇気、そして一緒に味わってくれる仲間を募集中。

OsakaMetroの沿線紹介サイト「オオサカマニア」にて、クラフトビールのページを監修(2021年9月10日公開)。
また、同サイトのスピンオフイベント〈オオサカマニア×東急ハンズ(江坂店)「クラフトビール」〉も監修(2022年9月10〜25日開催)。

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