[コラム]2024.4.3

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~㊶ 樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ伍

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、実際に醸造、販売する予定です

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喜兵寿の問いに、なおは「お、聞きたいか!」と起き上がった。

「定番から変わり種までいろんなビール造ってきたんだけど、やっぱ一番思い出深いのは喜兵寿も飲んだ米のビールかな。初めて自分で考えたビールでさ。出来上がった時は嬉しかったなあ」

新人ブルワーとして数年。日夜ビールのことだけを考え、のめり込んで仕事をしてきた。だから「好きなように造ってみろ」、そう言われた時は飛び上がって喜んだのを覚えている。

「久我山はちゃらちゃらしているからすぐ辞めると思っていたが、違ったな。お前はきっといいビールを造るよ」

誰よりも厳しかった先輩ブルワーからの一言は、今でも宝物だ。

自分の本当のデビュー作となるビールはどんなものにしようか。そう考えた時、真っ先に浮かんできたのは実家の米だった。

「さっきも言ったけど、うちの実家は米農家でさ。本当は俺が跡を継がなきゃいけなかったんだけど、どうしてもビールが造りたくてかなり揉めたんだよね」

なおは当時のことを思い出し、目を細める。

「親とはずっと冷戦状態だったんだけど、ある日離れて暮らしていた妹がひょいっと帰ってきてさ、『じゃあわたしが農家やるよ~』って。ばっちばちのギャルだったくせに、翌日には爪全部とってきて、長靴履いて田んぼにいんの」

「なおにも妹がいたのか。よくわからないが、お前のためにぎゃるという仕事から農家になってくれたのだな」

「あははは、職業ギャルか!まあ確かにそんな感じだったな」

なおは妹マミの顔を思い出す。長い金髪に、ゴテゴテとしたまつ毛。

「わたしが農家やりたいっつってんだから、こんなでくの坊兄貴なんかいらないっしょ。そもそもわたしの方が数倍力も強いし、頭もいいわけだしさ」

そんなことを言いながら、マミはギャルを象徴するそれらをネット付きの虫よけ帽子や、UVカットのフェイスマスクに押し込んだ。今では大きなトラクターを縦横無尽に操縦している。

「つるみたいに気の強い妹でさ。あいつが農家継いでくれたおかげで俺はビール造りをできるようになったわけ。だからやっぱ最初はマミが造った米でビールを造りたかったんだよね」

「それは妹殿もさぞ喜んだろう」

喜兵寿がほほ笑む。普段は眉根に皺を寄せてばかりいるが、その表情はいかにも「お兄ちゃん」といった感じでふわりと柔らかい。

「そうだな」

出来上がったビールを持って久しぶりに帰った地元で、なおはまるで有名人のようにもてはやされた。山間の小さな村だ。近所のおじいやおばあなどが、酒やら野菜やらを持ってお祝いにきてくれた。

皆でなおの造ったビールを分け合って飲んだ。おちょこで一口ずつ。なおがたくさん持って帰ってこれなかったことを詫びるも、彼らは「この土地の味がする気がする」「これでわしらの村も全国デビューだ」などと大騒ぎだった。

父も母も上機嫌で、「やるじゃないか」と盛大に褒めてくれた。

すっかり夜も更け、皆が帰宅した後。残しておいた1本をマミ飲んだ。グラスに並々と注いだなおのビールで乾杯をする。

「これ、本当においしい。今度彼氏にもあげたいから送ってよ」

豪快に喉を鳴らしながら飲むマミに、なおはずっと言いたかった一言を伝えた。

「俺の代わりに跡を継いでもらって悪かったな」

マミは一瞬きょとんとした顔をした後、「らしくもない!」となおの肩にパンチを入れた。

「こちとら兄の為に農家やってるわけじゃないんだわ。わたしは米が作りたかった。なおはビールを造りたかった。ただそれだけっしょ」

マミは笑う。

「米作りはいいよ。稲は手をかけたらかけた分、きちんとその稲穂の中に愛情をため込んでくれる。稲も生きてるからさ。会話できんだよ」

「それ、なんとなくわかるな。ビールも同じだ」

「でっしょ。全部同じなんだよ。でもきっとわたしはビールとは話せなかったし、なおも米とは話せなかった。だからいいんだよ」

マミは手酌でグラスにビールを満たし、まじまじと見つめた。

「ってかさ、まじ兄妹コラボビールとかすごくない?!さっきストーリーにあげたんだけど、すごいバズっててさ……」

その日はしこたま飲んで、酔いも冷め切らないうちになおは東京へと帰った。すべてのしこりがなくなり、これで全力でビールが造れると思ったら居てもたってもいられなくなったのだ。そしてそこから再びビールのことだけを考え、今日まで走り続けてきたというわけだ。

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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