[コラム]2025.6.25

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 103~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ弐拾弐

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

第一話はこちら

「お前、自分勝手にも程があるだろ」

全力の我が儘に毒気を抜かれた喜兵寿は、思わずふっと吹き出した。

「それに頭のおかしな杜氏ってなんだよ」

「死ぬかもしれない時でも、酒の話が出たら目キラキラさせてんだぜ?頭おかしいだろ」

「それはお前も一緒だろ?」

「……たしかに」

喜兵寿と直は顔を見合わせると、どちらからともなく笑いだした。

「よくよく考えたら、ビール造らなきゃ殺されるっておかしすぎるだろ」

「本当にな。でもお前がこの店に来たことで、こんな騒動になってんだからな」

「俺だってタイムスリップしたくてしたわけじゃないぞ!酔っぱらって起きたら、なんだかこんなことになっていたわけで」

「それについてお前の言っていることはさっぱりわからんが、結局のところ酔っぱらって倒れていたってことだろ?」

「むむ。それは確かに……」

ひとしきり笑いながら言い合いをすると、急に何もかもがどうでもよくなってきた。

「あーあ。なんだかいろいろ馬鹿らしくなってきたな」

喜兵寿は直の胸ぐらから手を離すと、大きく伸びをした。

「お前の言う通りだよ。俺は本当は日本酒を造りたかったんだ。でも俺が酒を造れば、源蔵にいの夢を奪ってしまう。だから日本酒は造らないことにした。酒に関わる仕事なんて他にいくらでもあるしな」

「はあ?どういうことだ?別に兄ちゃんと一緒に造ればよくないか?」

心底わからない、といった顔で首を傾げる直に、「そう簡単にいく話じゃないんだよ」と喜兵寿はため息をつく。

杜氏は日本酒造りの最高責任者。蔵でたった一人の存在だ。喜兵寿は別に杜氏になりたいわけではなかった。源蔵と共に酒を造り、柳やの味を守り続けることができるのであれば、肩書なんてどうでもよかった。しかし周囲の大人たちは喜兵寿を杜氏にし、源蔵を酒造りから外そうとしたのだ。

自分の存在が兄の夢を脅かしてしまう。自分たちを身を粉にして守ってくれた兄を傷つけることなど、絶対にありえなかった。そんなことをするくらいなら、酒なんて造りたくもなかった。

でも。

喜兵寿はゆっくりと煙管に火をつける。

今回の一件で、嫌というほど自分の気持ちがわかってしまった。消したはずの炎はいまだに身体の中でくすぶり続け、心は酒を造ることを全力で望んでいるのだ。だからこそ「びいる」なる酒にこんなにも心惹かれていたのあろう。

「なんかよくわかんねえけどさあ」

眉根に皺を寄せたまま、直が口を開く。

「別に俺、日本酒を完成させろ、なんて頼んでないからな?日本酒を造る技術をビールに使いたいだけ。喜兵寿の決意がどんなもんだか知らんけど、要は最後まで造らなきゃいいわけだろ?」

考えもしなかった言葉に、喜兵寿は「なんだ、その屁理屈は」と目を丸くする。

「例えば俺が『ビール造らない』って決めてたとして、でも麦汁を造ったところでビール造りにはならないわけだよな……うん、そうだ。やっぱり完成させなきゃ別にいいだろ」

直は自分の言葉に、うんうんっと頷きながら喜兵寿の手を取る。

「途中まで造ったところで、やっぱ『日本酒を造りました』ってことにはならないって。よし、そうとわかれば早速日本酒造りについて教えてくれよ!」

こいつはなんて無茶苦茶な……!

「そういうもん……なわけあるかい!違うだろ!」

「いーや。そういうもんなの!それこそ俺らあと数か月しか生きられないかもしれないんだぜ?細かいことなんてどうでもいいって。自分の都合のいいように解釈すること。これめっちゃ大事」

そういうと直は喜兵寿に手を差し出した。

「さ、一緒に江戸ビール造ろうぜ。時代を超えたコラボレーション。最強のコンビネーション!最高じゃん」

なんて強引で自分勝手な解釈なのか。しかし喜兵寿の心の奥底はムズムズと動き出す。西日を背にした直はやたらに眩しくて、やけに大きく見えて、気づけば喜兵寿は直の手を取っていた。

「いえーい!決まりな。日本酒の技術を用いた江戸ビール。完成したら令和でバズること間違いなしだな~!エモエモのエモ。エモエモエモエモだ」

「お前といると、いろいろどうでもよくなるな」

喜兵寿はふふっと笑う。

「お、褒めてる?!ありがとな」

「調子に乗るな。褒めてはいない。ふざけてないでさっさと帰るぞ」

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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