【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 98~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ拾漆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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つるが生きていることを、幸民は誰にも話していなかった。敵を欺くにはまず味方から。幸民は徹底してつるの存在を隠してきたわけだ。
夏はつるに抱きつき、わんわんと泣いた。泣いて泣いて、これが夢ではないとわかると、次いで喜兵寿に抱きつき泣いた。そうしてやっと落ち着いた頃には、その声はすっかり掠れて、おかしなものになっていた。
「あぁ、本当によかった」
かすかすの声で、深い安堵のため息をつく。そんな夏に直は湯飲みを渡した。
「いっぱい泣いて喉乾いただろ?これ飲みな」
夏は驚いて「ありがとう」と直の顔を見つめた。「旅とは人を変えるもの」とはよく言うが、本当にその通りだ。紳士的な直の優しさに感動しながら、夏は湯飲みの中身を一気に飲み干した。
っと次の瞬間、口の中に嫌な渋みがいっぱいに広がる。
「きゃあ!!!なにこれ!まっず!!!」
激しくむせる夏を見て、「そうなんだよ」と直は頷いた。
「麦汁つくってたんだけどさ、そうなんだよ、率直に言ってまずいんだよな」
「え?え?なんでまずいってわかってるものを、飲ませてきたの?」
「いやさ、まずい理由がわからなくてさ。夏は麦湯屋の店主で、言ったら麦のことよく知ってるわけだろ?なんかわからないかなって」
「え?え?全然言ってる意味がわからないんだけど……」
「そうなんだよ、俺も全然わからないんだよ」
「え?え?だからなんでそんなまずいものを勧めてくるの?」
夏は助けを求めるように周囲を見渡したが、喜兵寿もつるも「そうなんだよ。美味しくないんだよ」と首を捻っている。
「……もう!」
夏は傍にあった甕の水で口をすすぐと、湯飲みを直にぐいっと差し出した。
「もう一回飲ませて。ちゃんと味わってみるから!」
麦汁のことはわからずとも、麦のことに関しては下の町で一番詳しいつもりだ。それも自分のところと同じ麦だ。育てている人のことも、その土のこともよく知っている。
夏は目を閉じ、今度はゆっくりと麦汁を口の中へと入れた。麦の香ばしさやあまみは感じるものの、やはりそれを覆うように渋みがあらわれる。
「同じ大麦なのに、どうして味が変わるんだろ」
「うーん、麦芽にすることで麦の中の構造が変わるからな。それがビールを造るためには必要なわけなんだけど……俺の知ってる麦汁ではないんだよなあ」
ため息をつく直を見ながら、夏は再び麦汁を少し口に含む。
「やっぱり苦いなあ。麦はね、本当においしい麦なんだよ。作ってるの六条さんっていうんだけど、『六条は六条大麦を作るために生まれてきたようなもんだ』なんて言われていてね」
夏の言葉に、直はハッと息を飲む。
「ちょ、いまなんて言った?」
「え??麦を作ってる人は六条って名前で……」
「いやそこじゃなくて!」
直の剣幕にたじろぎながら、夏は答える。
「え?え?えっと、六条は六条大麦を作るために生まれてきた、ってとこ?」
「そうだよ!」
直は大きな声をあげて、頭を抱えた。
「そうだよ!ああああ、しまった!全然気づかなかった!そうか……そういうことか」
大麦には二条大麦と六条大麦の2種類が存在する。その事実をすっかり忘れていた。ビール原料の大麦と言えば二条大麦であり、うっかり大麦=二条大麦だと思い込んでいたのだ。
ここにあるのが六条大麦なんだとしたら、この渋みが出てくる理由も納得できる。
「夏、この麦じゃなくて二条大麦が欲しい。どこに行けば手に入る?」
「にじょうおおむぎ?」
きょとんとした表情の夏に、直は嫌な予感を覚える。
「二条大麦は二条大麦だよ。ほら、麦湯用じゃなくてさ、他にあるだろ?」
「えっと……どういうことだろ。大麦はこの1種類しかないよ?」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







