国産麦芽の未来を育てる。南幌町の小さな製麦工場「日本モルト」

7月上旬の南幌町の二条大麦畑〈画像提供:日本モルト〉
目次
なぜ「国産麦芽」は少ないのか
ビールの主原料は、麦芽・ホップ・水だ。ホップは近年、多彩な品種や香りが注目され、国産ホップを使ったビールも人気を集めている。一方で、麦芽に目が向けられる機会は決して多くない。
その理由の一つが、日本ではビール用麦芽の多くを輸入に頼っていることだ。
大麦は収穫しただけではビールの原料にならない。水に浸して発芽させ、乾燥させる「製麦」という工程を経て、初めて麦芽となる。この工程には専用設備や高度な温度管理が必要で、日本国内の製麦工場の多くは大手ビールメーカーが保有する大規模施設だ。そのため、小ロットの国産麦芽を求めるクラフトブルワリーにとっては、産地や生産者が明確な麦芽を調達することは容易ではない。
そんな状況のなか、北海道・南幌町に小規模製麦工場を立ち上げた人物がいる。日本モルト合同会社(以下、日本モルト)代表の村井弥さんだ。
「地元で育った大麦を、地元のお酒にしたい。」
その思いを形にした小さな製麦工場では、北海道産はもちろん、全国各地の大麦を麦芽へと生まれ変わらせている。
農業からたどり着いた「製麦」という仕事
村井さんが農業の世界に入ったのは20歳の頃。地元・南幌町の基幹産業である農業に魅力を感じ、農業法人へ就職した。
主にキャベツやブロッコリーの栽培に携わるなかで、「同じ地域でも、育て方一つで品質が大きく変わる」という農業の奥深さを知る。
特に印象に残っているのが、地域でひときわ品質の高いブロッコリーを育てる農家との出会いだった。施肥設計など栽培方法を学び、自社でも取り入れたところ、出荷時のA等級(出荷時の品質基準)率は約70%から97%まで向上した。
「やるからには、もっと良いものを作りたい。」
品質を追求する姿勢は、その頃から変わっていない。
しかし、さらなる挑戦を目指すなかで会社との方向性に違いが生まれ、転職を決意する。
次に飛び込んだのは、隣町・長沼町で立ち上がったワイナリーだった。
そこではブドウ栽培から醸造まで一貫して行われ、自ら育てた農産物が酒へと姿を変えていく様子を間近で見ることができた。
「自分が作ったものが、その場で製品になる。それが本当に面白かった。」
その後、会社でウイスキー事業が立ち上がると、ゼロから事業を任されることになる。
ウイスキーづくりに携わるなかで、自然と浮かんだのが「地元産の大麦でウイスキーを造りたい」という思いだった。
しかし、そこには大きな壁があった。
大麦を育てることはできても、それを麦芽にする製麦設備がないのである。
調べるうちに、小規模で製麦を行う工場の存在を知り、実際に見学へ向かった。
「工場を見た瞬間、『これなら自分にもできるかもしれない』と思いました。」
その後、製麦技術を学び、2024年9月に日本モルトを設立。同年11月から本格的な製麦を開始した。
現在は工場周辺の南幌町をはじめ、長沼町や岩見沢市などの契約農家が栽培する二条大麦を使い、北海道産麦芽の製造・販売を行っている。また、自社原料だけでなく、全国各地から持ち込まれた大麦を麦芽にするOEM製麦にも対応し、それぞれの地域ならではの酒づくりを支えている。
一粒の大麦が麦芽になるまで
日本モルトの工場は、知人の農家から借りた納屋とコンテナを活用した手づくりの施設だ。設備は村井さんが修行した製麦所と同じ仕組みを採用している。
製麦は一般的に、①浸麦、②発芽、③焙燥、④除根の4工程で行われる。
コンテナの扉を開けると、中にはステンレス製の円筒が6基並ぶ。一見すると製麦工場とは思えないほどシンプルな設備だが、この中で大麦は数日をかけて麦芽へと生まれ変わる。

浸麦、発芽工程を行う設備が入っているコンテナ。

コンテ内にステンレス缶。パイプは送風機と繋がっており、これで温度調整を行う。

浸麦1日目。エアー使って全体むらなく浸水させている。

浸麦させた大麦。
まず、大麦を水に浸して十分に吸水させる。翌日には新しい水へ移し、さらに吸水を進めた後、水から上げて発芽工程へ。発芽中の大麦は自ら熱を発するため、風を送りながら温度を細かく管理する。この温度管理を誤ると異臭が生じてしまうため、毎日の確認が欠かせない。
順調に発芽が進むと、大麦からはキュウリのような青々しい香りがほのかにするという。完成した麦芽からは想像できない、製麦の現場ならではの香りだ。

2日目。根が出始めている。

3、4日目だと根がはっきりとわかる。芽を出さないように温度管理するのが重要。

水を切ってこのように風を当てながら管理する。袋一つで大麦10kg。1回の仕込みで100kg行う。
発芽を終えた麦芽は納屋へ運ばれ、焙燥の工程に入る。
取材当日は、北海道当別町産の大麦を使ったウイスキー用モルトを製造しており、ピートで燻したやわらかなスモーク香が納屋いっぱいに広がっていた。
その後、2日ほどかけて乾燥させるが、途中で行う「天地返し」もすべて手作業だ。袋へ移し替えながら上下を入れ替え、均一に乾燥させていく。

焙燥工程に使用する缶(左の缶は現在不使用)ウイスキー用のモルトを作っているところで中を見せてくれた。

根が絡まるようになっている。ピートで燻してあり、ほのかにするスモーク香がする。

麦芽に香り付けするたもの木。ブルワリーで持ってきた木もあった。こういう形で地元の物を使うと麦芽にも地元感が出る。

北海道当別町のピートがあったので触らせてもらった。この状態では香りはない。

この中に設備が入っている。畑の片隅にある納屋。
最後に除根機で根を取り除けば麦芽が完成する。
こうして出来上がる麦芽は、大麦より約15%軽くなる。
現在は年間約20tの麦芽を製造し、その約6割がウイスキー向け、約4割がビール向けとして出荷されている。北海道内、とくに道央圏のブルワリーで使われることが多い。
北海道の畑から生まれる麦芽
工場近くには契約農家が育てる二条大麦畑が広がる。
取材した6月下旬、生育は順調そのもの。天候に恵まれれば、高品質な大麦の収穫が期待できるという。
とはいえ、収穫まで気は抜けない。倒伏を防ぐための管理など、その時々の生育状況を見ながら作業を続けていく。

3haの二条大麦畑。ここで12tの収穫が出来そうとのこと。まだ大部分は、穂が顔を出していなかった。(6月下旬)

よくみると発見!あと2週間くらいで全部出てきそう。

既にしっかり麦の形になったものが隠れている。

風が弱い木の影のものは、穂が顔を出し始めていた。
村井さんは、海外産と国産麦芽の違いについてこう話す。
「海外産は品種改良が進み、栽培期間も短くなったりしいてますが、味はまろやかな印象のものが多いですね。それに対して国産麦芽は、どっしりとした麦の味を感じやすいと思います。特にウイスキーは麦芽だけで造るので、その違いが表れやすいです。」
一方で、国産麦芽には課題もある。
「販売価格は海外産の約1.5倍ですが、お酒にすると最終的には約2倍のコスト差になります。同じ量の麦芽を使っても、国産麦芽の方がアルコールへの変換効率がやや低いためです。」
品質だけでは語れない現実も、国産麦芽の普及を難しくしている。
「日本モルト」に込めた思い
会社名を「日本モルト」としたことにも理由がある。
当初は南幌町や空知の名を入れることも考えたが、「北海道だけでなく、日本中の大麦を麦芽にし、それぞれの土地のお酒づくりに役立ててほしい」という思いから、全国を意識した社名に決めた。
ロゴに描かれた黒い四角は畑を表している。
全国の畑で育った大麦が日本モルトへ集まり、再びそれぞれの地域のお酒として羽ばたいていく、そんな願いが込められている。

農業と醸造をつなぐ”陰の立役者”
村井さんはこれまで、農業、ワイン、ウイスキー、そして製麦と、酒づくりのさまざまな工程に携わってきた。
「今までやってきた仕事は、すべて農業の延長線上なんです。『自分の中では、農業の最高の加工品がお酒だと思っています。』特にウイスキーやワインは年月を重ねるほど価値が高まる。そんな加工品は他にはないと思います。」
現在、日本国内の小規模製麦所は5〜6社ほどしかないという。
村井さんは今後、設備を増設して生産量を増やすことを目指している。そして将来的には機械化も進め、国産麦芽をもっと身近な存在にしたいと考えている。
また、「地域の麦芽だけではなく、燻製に使う木材も地元産にするなど、製麦所だからこそできる地域性のある取り組みにも協力していきたい」と話す。
そして最後に、自身の立ち位置について、こんな言葉を残してくれた。
「これまでは前に出る仕事が多かったですが、これからは”陰の立役者”として楽しんでいきたいですね。」
ビールの主役として語られるのはブルワーであることが多い。しかし、その一杯を支える麦芽にも、生産者の技術や地域への思いが込められている。
南幌町で始まった小さな製麦工場の挑戦は、国産麦芽を増やす取り組みにとどまらない。農業と醸造をつなぎ、その土地ならではの酒づくりを支える新たな可能性を育んでいる。

初対面にもかかわらず、色々お話を聞かせてくれた村井弥さん。とても仕事への情熱を感じた。
会社情報
日本モルト合同会社
北海道空知郡南幌町美園1丁目1-3
H P:https://www.nippon-malt.com/
SNS:https://www.instagram.com/nippon_malt/
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









