一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

コラム

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 156~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ拾玖

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、完成間近!物語完結時に販売する予定です

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まだ日が高いうちに、つると夏は酒の保管場所へと向かった。つるは笠を深くかぶり、手ぬぐいで顔を覆っている。

皆には「必ず酒樽を届ける」と約束したものの、正直、自信はなかった。何よりも、源にいに会うことが怖くてたまらなかった。足がすくみそうになるのを必死にこらえ、一歩ずつ歩を進める。

―女のくせに酒なんて造ろうとするからだ
―だから伊丹で身を固め、子を持てといっただろう

源にいから言われるであろう言葉は、わかりきっていた。それらを振りほどいてここにいる決意をしたというのに、頭の中で呪縛のように響き渡る。

源にいに会いに向かっているはずなのに、心のどこかでは「今日出会えなければいい」という気持ちがくすぶる。きっと直に向けたように、荒れ狂った怒りをわたしにも向けてくるだろう。きっと柳やの看板に泥を塗ったと、罵られるだろう。どんどんと溢れ出る「きっと」に耐えられなくなって、つるは立ち止まった。

「……つるちゃん、顔真っ青だよ?大丈夫?」

夏の心配そうな声に、涙が溢れそうになる。こわい。でも……

つるは大きく息をすると、睨みつけるように目を開いた。

わたしがやらなきゃいけないんだ。わたしにかできないんだ。びいるを完成させ、お兄ちゃんを助け出す。やるべきことをやるんだ。

「大丈夫。行こう」

そういうと、つるはまっすぐ歩きだした。その手を夏がそっと握る。

「うん、行こう」

2人は手を繋いだまま、町はずれへと歩いていった。

柳やの保管蔵、それは水運沿いにある。伊丹から運んできた上納酒を、荷揚げした後すぐに埋めることができるようにだ。船着き場近くの小さな路地裏へ入ると、その蔵はすぐに見えてきた。

外壁は漆喰で白く塗られ、瓦屋根が重厚に重なる。目印になるような看板はなく、鉄の錠前がひとつ、重々しく口を閉ざしていた。耳を澄ましてみるも蔵の中はしんっと静まり返っており、人の気配はしない。

「……誰もいないみたいだね。それにしても立派な蔵」

見上げながら夏が言う。

「上納酒を寝かせる場だからね。目立たない造りにはしているけれど、かなり頑丈だよ」

保管蔵に来るのは久しぶりだった。というか、この場を訪れたことがあるのは過去1度だけ。喜兵寿と下の町に来てすぐ、ひやかしに来て以来だ。

つるは深く息をすると、扉を叩いた。

「すみません、どなたかいらっしゃいますでしょうか?」

しかし中は静まり返ったままだ。日中は蔵番がいるはずなのに、どういうことだろうか?きょろきょろとあたりを見渡していると、大きな人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

誰か、を認識した瞬間、つるの心臓は激しく締め付けられた。ドクン、ドクン——頭の中で心臓が太鼓のように響き、息が浅くなる。手のひらに汗がにじみ、足先から力が抜けそうだった。

「……源にい」

大股で歩いてくる源にいの目は、怒りを携えていた。痩せこけた頬に乱れた髪。その中で目だけが燃えるように光っている。源にいは蔵の前まで来ると、黙って二人の前に立った。

人の怒りとは、こんなにも力を持つものなのか。びりびりと張り詰める空気に耐えられず、つるは思わず後ずさった。

「……お前、まさか、つるか?」

そう問う声は、細く掠れていた。ともすれば聞き逃してしまいそうな、か細く弱々しい声。その瞬間、自分がどれほど心配をかけていたのかを、つるは悟った。

笠を取り、手ぬぐいを外す。

「はい、そうです……」

いろいろと言わなければならないこと、伝えたいことはあるはずなのに、何一つ出てこなかった。目からは涙がぼろぼろとこぼれ、「ごめんなさい」だけが溢れ出てくる。

なぜなら、つるよりも先に、源にいが崩れるようにして泣き出したからだ。地面に膝をつき、肩を震わせながらおいおいと声を上げる。嗚咽で肩を震わせるその姿は、まるで幼子のようだった。

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、同梱物執筆などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。