【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 143~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ陸
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

前回のお話はこちら
第一話はこちら
「俺はまだ生きて、いろんな酒を飲みたい。それに……酒を造りたい」
喜兵寿の言葉に、直は「おぉっ!」と嬉しそうに目を細める。
「いま酒を造りたいっていったな!あれだけ日本酒造り拒否してたのに」
「……俺はただ「酒が」っていっただけだ。日本酒とは言っていない」
「いいじゃんいいじゃん!」
直は嬉しそうに、喜兵寿の肩を組んだ。
「やっぱ喜兵寿は酒造りの才能あるよ、今回の件で実感した。いろいろあるんだろうけどさ、少なくとも俺は喜兵寿の酒が飲みたい!楽しみにしてるからな」
そういうと、今度は半切り桶に向かって深々とお辞儀をした。
「あとはあなたたち任せになります!どうか、どうか!『酒の神』である酵母が下りてきたら、思いっきり醸されちゃってください!」
『酒の神』が下りてきたか否か。
喜兵寿によると、それは液体の表面に小さな泡が湧くことでわかるという。最初は見過ごしてしまいそうな程の小さな泡。それがふちの辺りにぷくっ、ぷくっと現れるというのだ。泡が現れることは、発酵が始まった合図。次の醸造段階に入ったことを意味する。
「早ければ2~3日、長ければ7日程かかることもある」。あくまでもこれは日本酒の場合らしいが、恐らくビールでもそんなに変わりはしないだろう。つまり1週間程の間、酵母が入ったか否か、そわそわしながら見守る必要があるというわけだ。
「あぁ!俺待つのって苦手なんだよな~!どうする?なにする?どっか交代で遊びにでも行く?」
急にジタバタし出した直を見て、喜兵寿とつるは眉をひそめ、小西はふっと吹き出した。
「酒はいつどのような変化を起こすかわからんからな。日々気にしてやらにゃいかん。ただ黙ってずっと見ている必要はないからな。この数日で、酒を詰める徳利などを用意しておくのはどうだ?」
小西の提案に、直は「そうだな!」と目を輝かす。
「炭酸を逃がさぬよう、ぎゅっと蓋ができるものが必要だな!買い物ついでに町でそばでも食ってこようか。最近引き籠りっぱなしだったからな~!」
「俺も途中、店の様子を見て来ようと思う。さすがに留守にしすぎている感はあるしな」
「いいじゃん!俺も行く!でもまぁ、それにしてもやっぱり待ちの時間長い気がするんだよなぁ……」
「しつこいな!裏の犬だってもう少し待てるぞ」
喜兵寿の突っ込みに、小西とつるがくすくすと笑う。いつの間にか日は西に傾き、蔵の入り口から差し込む陽が、長く影を落としていた。
――振り返れば、この瞬間が最も穏やかだったのかもしれない。
長いと思っていた「発酵待ち」の期間は一瞬で過ぎ去ることとなる。波乱の幕開けは、喜兵寿が帰ってこなくなったことから始まった。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









