【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 141~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ肆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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「まじか!」直は慌てて大釜に近寄る。しかし火の音、ぼこぼという沸騰の音が大きく、喜兵寿のいう音は聞こえなかった。
それでも喜兵寿が言うのだから、きっと何かが起こっているのだろう。
「本当にほんのかすかだが、米の焦げる様なにおいも感じる。直、お前もわかるはずだ」
喜兵寿の言葉に、直は目を閉じ意識を集中させた。大きくゆっくりと鼻から息を吸いこみ、そこに漂うたくさんの「香りの粒」のようなものを触っていく。
「……!」
一瞬だが、かすかに焦げの前兆のにおいを感じた。
「つる!火を弱めてくれ!」
甘酒ベースだから糖が多くて焦げやすかったのだろうか?この時代の大釜だと熱の伝わり方が早かったりするのだろうか?普段は絶対にしないであろうミスに、全身の皮膚が粟立つ。
「わかった!」
つるはごうごうと炎を上げる薪を手前に寄せると、少しだけ灰をかけた。
焦げは酒造りの天敵だ。苦みや渋み、そして焦げた香りは確実に味わいに影響してしまう。もしもこの大釜いっぱいの甘酒をだめにしてしまったなら、また米麹から作り直さなければならなくなってしまう。自分たちに残された時間はあとわずか。造りなおしして間に合うのだろうか?
それに2度のホップも投入してしまった。直は手元の袋を覗きこむ。苦みつけのホップと、中間、そして香りつけのドライホップ。3度に渡りホップを投入することで、ホップの存在感を出すつもりだったが、この残りの量では到底足りない。堺まで再び船で行くことなんて……絶対に無理だ。
血の気が引いて、手足がどんどんと冷たくなるのを感じた。失敗は許されないという状況はわかっていたはずなのに。先ほどまでの自分はどうして、あんなにも楽観的だったのだろうか。
いつもそうだ。「なんとかなるだろ」と調子に乗って失敗する。普段とか違う醸造なのに、どうして一瞬でも気を抜いてしまったのだろうか……
「おい!直!しっかりしろ!」
急に両頬を強く叩かれ、直はハッと我に返った。目の前には、喜兵寿のまっすぐ静かな目。
「大丈夫だ。大丈夫。まだ焦げたと決まったわけではない」
「そうだ。なんせワシはなんのにおいも感じないからな」
珍しく小西がにっこりと笑いかける。
「凡人にはわからんくらいのかすかな焦げなのだろう。そんなもんが感じられるお前らは本当びっくりだよ。さぁ、今はできることをやろう」
そういって手にした櫂(かい)を軽く振ってみせる。
「……二人ともありがとう」
直は自分の両頬を強く叩いて「っしゃ!」と気合を入れた。
「そうだ、まだ失敗したと決まったわけじゃない。にっしー、そのでかい棒で大釜の中を混ぜてくれ」
「御意」
直の言葉に小西は立礼する。
「櫂入れなら、俺も得意とするところだ。一緒にやろう」
そういうと喜兵寿も櫂を手にする。その様子を見ながら、つるも大きな声をあげた。
「火は落ち着いたよ!櫂入れなら、酛摺り唄でも歌いながらやんなよ!酒の神様に降りてきてもらおう」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









