【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 158~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ弐拾壱
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、完成間近!物語完結時に販売する予定です

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川辺に腰掛け、つるは今までのことをすべて源蔵に話した。言葉を間違わないように、いらぬ誤解を生まぬよう、事実だけをひとつずつ正確に重ねていく。もちろん推測でしか語れない部分も多々あるわけだが、そこのあたりはうまく誤魔化したつもりだ。
源蔵はずっと苦虫を潰したような顔をしていた。眉間に皺をよせ、目をつぶったまま天を仰いでいる。何を考えているかわからず、度々つるは怖気づきそうになったが、それでも奥歯をぐっと噛みしめ言葉を紡いだ。
「……だから、酒樽を貸してほしいの」
すべてを話し終わると、少しの後源蔵は目を開けた。
「事情はわかった。でもなぜお前が酒造りに関わる必要があるのかは理解できん」
ぴしゃりと遮るような声だった。
「びいるはお前がいなくとも造ることができるだろう。いや、むしろお前がいる必要などない。酒樽は貸してやる。ただし、今すぐお前が伊丹に帰ることが条件だ」
あぁ、やはり……ぐうっと痛む胸を押さえ、つるは小さく息を吐いた。そう言われるかもしれない、そう思っていた。
「お前がここにいることは、何も生まない。逆に周りの人間にも負担になるだけだ」
そんなのわかっている、わかっているけど……叫び出したい気持ちは喉まで上がってきているのに、口を少し開けてみたところで何も言葉は出てこなかった。
「お前は何もできない。だから最初からおとなしく国で子を産んでいればよかったんだ。自分勝手なことばかりするから、こんなことに巻き込まれるんだ」
源にいのことは昔から怖かった。父親代わりとして、どこに出ても恥ずかしくないように、育ててくれたのだと思う。でもそれが辛かった。いつだって強い言葉は頭ごなしに降ってきて、その度に身体をぐるぐるに締め付けられた。喉をふさがれた。
今だってそうだ。言いたいことは山ほどあるはずなのに、どこを探しても言葉にならない。握りしめた手だけが汗ばんで、そして痛かった。
びいる造りを続けるためには、酒樽が必要だ。そして酒樽を手に入れるためには、伊丹に帰る必要がある。それしかないのだ。そうしなければ無理だ。でも、でも……
ただただ黙っているつるに痺れを切らし、源蔵はちっと舌打ちをした。
「酒なんか造って、何になる」
その瞬間、つるの中で何かがばちんっと弾けた。
「その酒なんかを!わたしはずっと造りたかったの!」
甲高く、掠れた声が飛び出す。それをきっかけに、ため込んでいた言葉たちが雪崩のようにあふれ出した。
「どうして源にいがわたしの幸せを決めるの?わたしね、びいるの基になる麦芽をつくったんだよ。失敗しちゃったけど、大変なこといろいろあったけど、それでも本当に楽しかった。
今だってそう。わたしに出来ることはないかもしれないけど、みんなはわたしを受け入れてくれている。それがどんなに……どんなに幸せか……」
――「どうして女は酒造りをしちゃいけないわけ?」あの日、屈託もなくこの言葉を発した直の顔が浮かぶ。「別に造りたかったら造ればいいのに」。あの時、世界は自分が思っているよりもずっと広いのかもしれないと思ったのだ。男だから、女だから。そんなもの関係なく、自分の気持を押し通してもいいのかもしれないと思ったのだ。
つるは地面に額をこすりつけた。
「わたしはわたしの人生に責任を持ちたい。お願いします。酒樽を貸してください。でも」
土下座したまま、つるは叫ぶ。
「わたしはみんなと一緒にびいるを造りたい!ここにいたい!どうか、お願いです。酒樽を貸してください」
溢れ出る感情を、ありったけ言葉にのせる。目から、鼻から、熱い液体がぼとぼとと地面に落ちた。
「お願いします!お願いします!」
声が枯れるまで叫んでやろうと思った。もう失うものなど、何もないのだ。地面はごつごつと痛かったが、ひんやり冷たくつるの気持ちを後押ししてくれるようだった。
「……顔をあげなさい。はしたない」
つるはまだ額を地面につけたまま、肩を震わせて泣いていた。
源蔵はしばらく黙って、冷たい川風を受けながらつるを見下ろしていた。眉間の皺は消えず、しかしその目には、どこか複雑な光が宿っている。
「……お前、本気か?」
その声にいつもの威圧感はなく、どこか揺れていた。
「本気です」
つるは顔を上げた。涙で歪んだ景色の中に、源にいの顔が見える。
「わたしの夢は酒造りをすること。これはこれから先も変わりません。ここまで育ててくれたのに、源にいの望む人間になれなくてごめんなさい……」
再び大量の涙で、前が見えなくなる。
「縁を切るというのであれば、甘んじて受け入れます。それでも……最後にわがままを言わせてください。どうか、どうか酒樽を貸してください」
つるが頭を下げた瞬間、源蔵の手が強く肩に触れ、そして力強く抱き起された。右頬に痛みが走る。
「ふさけるな!」
平手打ちをした源蔵だったが、すぐにぼろぼろと涙をこぼしていた。
「縁を切るわけがないだろう!お前が死んだと聞いた時、俺がどんな気持ちだったか……!もう二度と大事な妹を失うなんてごめんだ」
源蔵はつるを思いっきり抱きしめた。
「……絶対にもう危ない橋は渡るな。それだけ約束しろ。そうすれば……酒樽は貸してやる」
か細い、うっかりすれば聞き逃してしまうような声だった。
「ありがとう……本当に、ありがとう。うん、絶対約束する……」
つると源蔵は、硬く抱き合ったまま、嗚咽混じりに泣いた。川風が頬を撫で、二人の胸の奥まで、静かに時間を満たしていった。
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









