【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 165~麦酒は黙して育ち、黒船は町を睨む 其ノ伍
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

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翌日は雨だった。晩秋の気配をまとった、冷たい雨。そしてその次の日もやはり雨だった。
「今日も冷えるなぁ。帰りに一杯やっていかないか?」
小伝馬の牢座敷、正面口。
見張りとして立つ二人の牢番は、手をこすり合わせながら、ぼんやりと立っていた。ごわごわとした油紙の合羽は、身じろぎするたびに鈍い音を立てる。湿気を含んだそれは重く、不快だった。
——早く交代の刻にならねえかな
ぬかるんだ地面に視線を落とした、そのとき。雨の中から、複数の男の影が現れた。
「ご苦労」
先頭に立つ男が、懐から文書を取り出す。
「町奉行所からの達書だ。急ぎの用につき、すぐに責任者へと渡してほしい」
牢番の一人が文書を受け取り、軒下に身を寄せて目を通す。奉行所の書式。奉公所の署名。朱の押し印。日付。
「……確かに」
牢番は低く頷いた。
「しばし待たれよ」
(さぁ、いよいよだ……)
直は動機を抑えるべく、深く深呼吸をした。前に立つのは、町奉行所役人に扮した小西。さすがの度胸で、動揺のカケラさえも見えない。
今日が雨でよかった。直は笠を深く被り直す。下の町で顔が知られていないであろう、小西と直で来たわけだが、どこで見られているかはわからない。笠のおかげで、髪も顔もしっかりと隠すことができた。
5分、10分……
そぼ降る雨の中、小西と直は牢番の戻りを待った。
文書は偽造したものだ。「柳やの喜兵寿、本日引き出し、吟味の上処刑」と記されている。
「正面突破が無理なら、横から崩すまでだ」、幸民と小西の言葉通りの作戦。それは、喜兵寿の処刑失効前に、偽造文書で引き出しをしてしまうというものだった。
その作戦を聞いた時、直は「すげえ、天才じゃん」と笑いながら叫んだ。
「でもさ、偽造文書なんてそんな簡単に作れるものなのか?そんなほいほい作れちまったら、脱獄し放題だろ」
「作れやしないよ」
小西が真面目な顔で頷く。
「押し印、形式、誰の筆跡かなど、細かな個所を確認するからな。偽造文書なんぞ、作れやしない、普通はな」
小西は薄く笑みを浮かべると言った。
「腕のいい職人を知っている。1日時間をくれ。喜兵寿救出は明後日だ」
拠点は関西だというのに、小西の人脈は計り知れない。この時代の商人って修羅場とかめっちゃくぐり抜けてるんだろうな、そんなことを考えていると、中から牢番ともう一人の男が現れた。身なりがいいから、あれが責任者なのだろう。
「文書を確認した。喜兵寿をこれから引き渡す。もうしばらく待たれよ」
(よっしゃ!!!)
直は心の中でガッツポーズをした。後は喜兵寿を連れて帰るだけだ。
「それにしても、なんだか腑に落ちんのだよ」
責任者が首を捻る。
「通常、引き出しは処刑の当日に行う。ワシはこの牢座敷に来て数十年が経つが、こんなことは初めてだ。それに……」
責任者は怪訝そうな目で、小西と直の前身を舐めまわすように見た。
「お前たちは、だれだ?」
疑われている……!どくん、という音が耳の中で聞こえた。心臓がうるさいほどにバクバクと鳴り、全身から冷や汗が噴き出す。
「町奉行所の役人だろう?ワシは仕事柄、町奉行所に出入りすることが多い。顔を見せてみろ」
その時だった。
血相を変えた男が、牢座敷へと駆け込んできた。
「大変だ!……暴動だ!」
ぜいぜいと息を切らしながら叫ぶ。
「ここからも応援を出せと!上からの命令だ!」
「一体なにがあった」
「瑞光寺で暴動が起きた。浦賀から避難してきた民が暴れてんだよ!周辺住民も巻き込んで、大変なことになっている」
責任者の男は舌打ちすると、直たちを睨みつけた。
「もういい、柳やを連れていけ」
そう吐き捨てると、男は牢座敷の中へと駆け戻っていった。
張り詰めた緊張が解け、直は全身の力がどっと抜けるのを感じた。腹に力を入れていないと、その場に座り込んでしまいそうだ。小西と話がしたかったが、牢番の手前そうもいかない。直は黙って喜兵寿の姿を待った。
バタバタと人が出入りする中、半刻程して喜兵寿は現れた。両腕を掴まれたその姿は悲惨そのもので、直は思わず漏れそうになった声を、慌てて飲み込んだ。
汚れて乱れた着物と髪の毛。げっそりとやせ細った身体には、至る所に血が滲んでいる。喜兵寿は下を向いたまま、引きずられるようにしてこちらにやってきた。
「柳やの喜兵寿、処刑前の引き出しとす」
小西がそう告げると、牢番の一人が喜兵寿の足元に目を落とした。
「……おい」
低い声に、場の空気が一瞬で固まる。
「縄が、ずいぶん傷んでるな。結びなおせ」
喜兵寿の足を縛る縄は、ボロボロになり、今にもほどけそうな程緩んでいた。
「村岡様が知ったら、大目玉だな」
小西は喜兵寿の腕を取ると、淡々と言った。
「縄が緩んでいるなんて、言語道断。しかし今は瑞光寺の件でてんてこ舞いだろう。縄はこちらで結び直しておく」
なにか言いたげな牢番に、くるりと背を向け歩き出す。
「安心しろ、このことは他言しない」
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









