[コラム]2023.10.11

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗~⑳ 酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ漆

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。

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夏について歩いていくと、ものの5分もしないうちに大量の野菜を背負った喜兵寿の姿が見えた。なおと夏に気づくと、大きく笑って手を振ってくる。

「うっわ。まじでいた」

驚くなおに、「当たり前でしょう」とでも言わんばかりに夏が笑顔を向けてくる。

「二人揃ってどうした?珍しいな」

なおと夏は喜兵寿の下へと駆け寄る。

「喜兵寿、店に来た男につるが連れていかれた。つるは『兄ちゃん』って呼んでたけど、誰だあれ?!」

なおの言葉を聞くと、喜兵寿の笑顔が消えた。眉間に皺を寄せると、「なぜ今」と小さく呟く。その目は先ほどとはうって変わって鋭い光を帯びていた。

「なお、つるたちがどちらに行ったか覚えているか?」

「おう」

「……追うぞ」

そういって走りだそうとする喜兵寿を、夏が呼び止めた。

「きっちゃん、荷物置いて行って。わたしお店まで運んでおくから」

「いや、こんなにたくさんの野菜、さすがに夏1人では無理だ」
背中の大きな籠には大根やら南瓜がどっさりと入っており、両手のふろしきにも人参やら芋などが入っている。体躯のいい喜兵寿でさえ、ふうふうと汗をかきながら運んできたのだ。華奢な夏に持てるとは到底思えなかった。

「ふふ。大丈夫。わたしきっちゃんのためならなんでも出来ちゃうんだから!」

夏はトトトっと小走りに駆け寄ると、喜兵寿の背中の籠をひょいっと持ち上げ、背負った。

「ね、大丈夫でしょ?一刻も早く行ってあげて。渡しの船に乗らないうちに」

喜兵寿は一瞬迷ったような表情をしたが、「すまん、恩に着る」というと両手の風呂敷を夏に渡した。

「行くぞ、なお!」

なにがなんだかわからないが、やはり大変な事態らしい。駆け出す喜兵寿の後を追って、なおも走り出した。

――

どのくらい走っただろうか。息はあがり、いい加減へたりこみそうになった頃、下の町のはずれで、喜兵寿となおはつるを見つけた。もう手はひかれてはいないが、つるは俯きながら男の後をついて行っている。

「源蔵にい!」

喜兵寿が大きな声で叫ぶと、源蔵と呼ばれた男はあからさまに険しい顔をして立ち止まった。

「喜兵寿か。何の用だ?」

圧倒的な威圧感。眼光の強さや、その立ち姿はこちらを委縮させるような凄みがある。

「なぜつるを連れていくのですか!約束の日にはまだ猶予があるはずです」

「ふん、たかだか数か月の話だろう?今帰ろうと何が変わるもんでもなかろう。酒を上納しに下の町に来てみれば、チャラチャラとわけのわからん男とつるんでおる。本来ならもう嫁に行って子を産んでいてもおかしくない年だぞ?『結婚するならもっと世界を見てからにしたい』などと大それたことをぬかして出て行って、その結果がこれじゃないか。一体なにを見たかったんだか。要は遊びたかっただけだろう!」

源蔵は吐き捨てるように言う。喜兵寿はつるのもとに駆け寄ると、源蔵から守るように立ちふさがった。

「違います!つるは柳やのために立派に働いてくれている。一部だけを見て勝手なことを言わないでください!」

「たしかに柳やは酒の出もいい。しかし噂によれば、ろくでもない傾奇者のたまり場になっているそうじゃないか。そんなところで立派に働いたからといって、嫁いで子を成すということに何の得になる?ならんだろ!俺はな、死んだ父上からお前たちのことを頼まれたんだ。お前たちのことを思って言っているんだ」

「……たしかに店の客はおかしな奴らばかりです。でも、柳やの、我が家の酒を愛してくれている人たちです!どうして大事な客をそのように言えるのでしょう。飲み手がいなければ酒なんてただの水だ。わたしとつるは、柳やの酒を多くの人に楽しんでもらえるよう、自分たちにできる最大限のことをしているつもりです!」

喜兵寿がぎりりと歯ぎしりをするのを見て、源蔵は吐き捨てるように怒鳴った。

「説教のつもりか!?酒のひとつも造れない出来損ないのくせに、偉そうなことばかり言うな!」

その言葉に、つるが叫んだ。

「お兄ちゃんのこと悪くいわないで!」

目には涙をいっぱいにためて、でもキッとまっすぐに源蔵を見ている。

「お兄ちゃんのことを悪くいわないで。お兄ちゃんは誰よりも柳やのお酒のことを思って働いてる。お酒が造れないからってなんなの?!お酒が造れることがそんなに偉いの?」

「……つる、やめなさい」
喜兵寿が止めようとするも、つるはそれを振り切って叫び続ける。

「わたしだって本当はお酒が造りたかった!女に生まれていなかったら、って何回も何回も思った。なぜ女だからって嫁いで、子供を産まなきゃならないの?わたしだって、わたしだって柳やの杜氏として働きたかった!お酒を造りたかった!!!」

崩れ落ちるようにして、わんわんと泣きだすつるの周りには、いつの間にか遠巻きに人だかりが出来ていた。ひそひそとこちらを見ながら何かを話しているのが聞こえてくる。

源蔵はそれを見て舌打ちすると、

「いつまでふざけたことばかり言っている!いい加減頭を冷やせ!いいか、あと三か月だからな。あと三か月したら荷をまとめて自分で戻ってこい」

そういって喜兵寿とつるを睨みつけると、「馬鹿馬鹿しい!」と足早に立ち去っていった。

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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