【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 105~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ弐拾肆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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たらふく料理を食べ、あとはゆっくり酒でも飲むか。となったところで、幸民が口を開いた。
「それで?これからどうやってびいるを造るんだ?」
誰もが気になっていたものの、触れられずにいた話題。視線が一気に直と喜兵寿に集まる。
「ビール?そりゃあ造るに決まってんだろ。な、喜兵寿」
あっけらかんと話す直に苦笑しながら、喜兵寿は「ああ」と頷いた。
「……日本酒は造らない。でも日本酒造りの知識は喜んで提供する」
ここにいる人間で、過去のことを知っているのはつるだけだ。しかし全員が喜兵寿の事情をくみ取ったかのように優しく頷いた。
「いい目だな。嬉しくて仕方ない、という色をしている」
ふわりと目を細めた小西の言葉に、喜兵寿は慌てて後ろを振り返った。そうだ、この人は酒を飲んだ人間の感情だか、本心だったかがわかるのだった……!意味がないとはわかりつつも、見えないなにかを吹き飛ばそうと手で扇いでみる。
「別に隠すこともなかろう。酒は人の心を映し出す鏡。酒を愛する人間が造る酒は間違いなくうまい。それに」
小西は喜兵寿のお猪口へと酒を注いだ。
「日本酒造りであれば、ワシにもできることは多い。びいる造りに金しか出せんと思っていたが、技術も提供できるのは嬉しいことだ」
「おい!ワシのほうがもっといろいろできるからな!」
小西の言葉を遮るように、幸民が叫ぶ。
「知っての通り、化学に関してワシの右に出るものはいない!時代は化学だ。火打石なしで火をつける発明はお上にも絶賛されているからな。ワシさえいれば、びいる造りなんてたやすいもんだ」
「わたしもいるよ!」
どさくさに紛れ、夏が喜兵寿の腕にしがみつく。
「この麦はもう必要ないのかもしれないけど……出来ることならなんでもやるから。頼ってくれていいんだからね!」
わいわいと盛り上がる皆を見ながら、つるは「よかったね」と喜兵寿の肩を叩いた。
「わたしさ、ずっとお兄ちゃんの造ったお酒飲んでみたかったんだよね」
「だから、日本酒は造らないと言ってるだろう
眉根をひそめる喜兵寿を見て、つるはくすくすと笑う。
「はいはい。わかってるって。でも一部でも携われば、そこにその人から生まれた命が吹き込まれるわけでしょう。わたしはお兄ちゃんの“それ”を飲めることが嬉しいんだよ」
つるの言葉は、祖父や父がよく言っていたことだった。麹をつくるとき、もろみをつくるとき。どんな工程においても、酒は造り手から命を吹き込まれ続けている。それが交じり合い、新たな存在へと昇華することで、うまい酒になるのだと。
「……そうだな」
喜兵寿はお猪口の中身をぐっと飲みほした。
口ではなんと言おうと、本当は心の奥底では嬉しくて仕方なかった。「酒を造る」そう心を決めてから、指先は興奮で震え続けているのだ。
やるからには全力を尽くそう。喜兵寿は姿勢を正し、直に向き直った。
「直、教えてくれ。びいるを造るために俺は一体どうしたらいい?」
出発前に手助けしてくれる酒蔵の確保はできている。原料調達も問屋か、酒蔵にお願いすればすぐに手に入るだろう。頭の中で醸造の手はずを整理しながら喜兵寿は言った。
「えーーーー、だからそれがわかんないんだって」
「は?」
直の言葉が一瞬理解できず、「どういうことだ?」と聞き直した。
「だから。どうやってびいる造ったらいいのか、まだわかんないの!日本酒にヒントがありそうな気はするんだけどさあ。いまいちよくわかんないんだよね」
「は?いや、だって日本酒の技術が必要って……」
「そうそう!そんな気がするんだよね。だから日本酒技術をつかったビール、一緒に考えようぜ!よろしくな相棒!」
にっこり手を差し出した直を見て、喜兵寿はぐっと言葉を飲み込み、そのままそれを日本酒で流し込んだ。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







