【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 104~老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ弐拾参
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です
前回のお話はこちら
第一話はこちら
幸民の家に戻ると、「きっちゃん!おかえり!」と真っ先に夏が駆け寄ってきた。
「においが近づいてきていたから、そろそろかなと思ってた!体調わるい?大丈夫?」
そういってぎゅうっと着物の裾を掴む。
「突然申し訳なかったな。なんの問題もない。そちらは……」
「おおおお!おいおいおいおい!鮨じゃん!なんで鮨食ってんの?」
喜兵寿の言葉をさえぎるように、直が大声で叫ぶ。見れば膳の上に色とりどりの寿司が並んでいた。
「松の鮨とは馴染みでな。屋台を横付けして握ってもらった。つるがいる手前、おいそれとは食べに行けないからな」
幸民がお猪口を傾けながら、にやりと笑う。
「まじかよ!師匠すげえな!鮨屋呼ぶとか富豪じゃん」
「鮨屋なんてこんな庶民の食べ物、大したことはない。まあ、松の鮨は鮨屋の中でも別格だから、家に呼べるやつは他にいないと思うがな」
「ほうほう!さすが師匠!ありがとう!」
直はドヤ顔の幸民の横に座ると、「いっただっきまーす!」と勢いよく食べ始めた。
「うおおおお。ひさしぶりに食う鮨はやっぱうめえなあ!鮪に穴子、これは小肌か?いいね。うまいね。それにしても、ちょっとでかくないか?」
ずっしりと重さのある鮨は、握り飯くらいの大きさがある。いろいろなネタを食べたいのに、これじゃあすぐに腹いっぱいになってしまいそうだ。
「なにいってんだ。昔から鮨はこの大きさだろ。仕事帰りに、ちょちょっと腹を満たして帰る。これが鮨の楽しみ方」
喜兵寿の言葉に、直は「まじか……」と呟いた。そんな牛丼かき込んで帰る、みたいな気軽さで鮨を食べるなんて聞いたこともない。直がびっくりしていると、家の外から「小西さま~、小西さまはいらっしゃいますか~?」と声がした。
「お、頼んでいたものが届いたようだ」
何事かと皆が外の様子をうかがっていると、小西はたくさんの日本酒、そして膳を抱えて戻ってきた。
「下の町では深川八幡前の『伊勢屋』がうまいと聞いておったからな。一度口にしてみたくて頼んでみた。ついでに浮世小路の『百川』の料理も頼んでおいたから、もう間もなく届くだろう」
涼しい顔で料理を並べる小西をみて、喜兵寿は思わず叫んだ。
「伊勢屋に百川って……下の町の高級料亭じゃないですか!」
「ああ、そうなのか?」
「そうですよ!あの店が家まで料理を届けてくれるなんて話、聞いたことありませんよ」
喜兵寿が震えながら言うも、小西は「ならよかった」と薄く笑っただけだった。
「昔馴染みが下の町にいてね。うまい店があるというからお願いしてみたんだ。つるはずっと家にいるのだろう?たまにはうまいものでも食って、息抜きしてほしくてね」
その言葉を聞いた幸民は「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」と、噛みつかんばかりの形相で小西を睨みつけた。
「別につるは息など詰まっておらんわ!」
「そうなのか?ならよかった。こんな狭い家に閉じこもらなければならないから、ワシはてっきり」
二人のやりとりを見ながら、直はこっそりと喜兵寿に耳打ちをした。
「にっしー、悪気なくナチュラルにマウント取るタイプだな。こりゃあ犬猿の仲にもなるわけだ」
「お前の言ってることは正直半分くらいわからんが、言いたいことはよくわかるぞ」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。