北海道の農家が挑戦した委託醸造というビールづくり
「自分でビールを作ってみたいな」
「〇〇を使ったビール、面白そうだよね」
様々なクラフトビールを飲んでいると、こんな発想をすることがあると思う。
現在、日本国内には1000近いクラフトビール醸造所があり、造り手それぞれの発想によって、多種多様な原材料を使ったビールが生まれている。その幅広さに触れ、クラフトビールの世界を知っていくうちに、「飲む」ことから一歩進んで、「作る」ことそのものに興味を持つ人も少なくないだろう。
私自身、野菜ソムリエとして活動する中で、そんな思いから自ら育てた野菜を使った委託醸造(OEM)のビールづくりに挑戦した農家さんと出会った。
収穫イベントの移動中にビールの話をしたり、その後メッセンジャーでやり取りを重ねたりする中で話は具体化し、初回のブルワリーとの打ち合わせにも同席させていただくことになった。依頼主と造り手が向き合い、言葉を交わしながらビールづくりについて話す様子を目の前で見て、「自分のビールを作る」ということは、思っていたよりもずっと現実的な選択肢なのかもしれないと感じた。
同じような思いを抱くビール好きの方や農家さんの参考になればと思い、その様子をここに記してみたい。
目次
農家さん紹介
今回、委託醸造に挑戦したのは、北海道石狩市で寺内農園の代表をしている寺内一樹さんだ。
【寺内農園 寺内一樹さん】

画像提供:寺内農園
● 北海道石狩市で150年以上続く寺内農園の代表
● 一樹さんは2019年に5代目として就農
● 全体農地は約22haの東京ドーム4個分
● 主な農産物は、ブロッコリー、白とうもろこし、じゃがいも、さつまいも、にんじん、メロン など
● ブロッコリーは石狩市内出荷量No.1。東京ドーム約2個分がブロッコリー畑。
● 自社でキッチンカーを所有し、イベントにも参加も盛ん
● 学生時代から現在もラグビーを続けるエネルギッシュな農家さん
こうした背景を持つ寺内さんが、自ら育てた農産物を「ビール」という形で表現しようと考えたのだった。

9月のブロッコリー畑
なぜビールを作ろうと思ったのか
以前からビールが大好きだった寺内さん。ご本人だけでなく、ご家族やご親戚、ご友人にもお酒好きが多いそうだ。その一端が垣間見えるエピソードとして、結婚式では18リットルの樽酒が式の最中に空になってしまったという話もある。
ご夫婦でビアバーを訪れることも多く、11月に訪れた店で飲んだビールのメロンヴァイツェンがとても印象に残った。「うちで育てているメロンでも、こんなビールが作れたら面白いかもしれない」。そんな思いが、ふと芽生えた瞬間だった。
寺内農園のメロンは主にギフト向けに栽培され、卸すことがほとんどないほど常連客に親しまれている。ご自身もメロン好きで、これまで多くの加工品を試してきたそうだが、いつも「メロンは生食が一番」という考えに行き着くという。しかし、メロンヴァイツェンによって、ビールという形で表現されたメロンの魅力は、良い意味でその固定観念を揺さられたそうだ。ビールによって農産物の魅力は広がっていくと自ら飲んで感じた一杯だった。
そのビアバーがブルワリーの直営店だったこともあり、店員にビールづくりについて尋ねてみると、「工場に連絡すれば話を聞いてくれると思いますよ」と、思いのほか軽やかな返答が返ってきたという。
思い立ったら行動が早い寺内さんは、すぐに工場へ連絡を取り、話を聞いてもらうことになった。
ブルワリー紹介
その相談先となったのが、現在札幌市南区西岡にある澄川麦酒さんだった。
【澄川麦酒株式会社】

画像提供:澄川麦酒
● 所在地:札幌市豊平区西岡(創業は札幌市南区澄川)
● 設立:2017年
● 代表:齋藤泰洋さん
● チェストフリーザーとポリ袋を用いる「石見式醸造法」で醸造
● 仕込みはラーメン作りに使われる160リットルの鍋とガスコンロを使用し、これまでに700種類以上のビールを醸造し、果物や野菜など副原料を使ったビールの経験が豊富
● 北海道における石見式醸造法の伝道師
● 定番ビールは澄川セゾン、澄川ヴァイス、澄川ペールエール、澄川ピルス、澄川ブラック、澄川IPAの6種
● ホームページ https://www.sumikawa-beer.co.jp/

定番6種のビール(写真提供:澄川麦酒)
ブルワリーとの初回打ち合わせ
打ち合わせ当日は、寺内さんとご友人、そして私の3名で工場を訪れた。仕込みが終わっていた時間だったが、扉を開けるとその余韻の麦汁の甘い香りが漂っていた。
これまでの経緯を説明し、「ビールを作りたい」という思いを伝えると、「工場立ち上げる方かな?それとも委託醸造かな?」と、齋藤さんから確認が入った。多くの相談を受けてきたからこその自然なやり取りだった。
委託醸造についての説明はとても分かりやすく、専門的な内容も噛み砕いて話してくれるため、ビール醸造に詳しくない人でも理解しやすいと感じた。

仕込み用のお鍋

発酵中のビールが入っているチェストフリーザー

委託醸造を進めていくにあたって
話を進めていく中でいくつかのポイントがあった。
免許や許可について
お酒を商売として扱う場合、展開方法によって必要な免許が異なる。まずは、自分がどのように販売・提供したいのかを整理することが大切だ。
・個人や飲食店に直接販売する場合 → 一般酒類小売業免許
・ECサイトやSNS販売など発送する場合 → 通信販売酒類小売業免許
・酒販店や卸業者へ卸す場合 → 酒類卸売業免許(自己商標酒類卸売業免許)
・飲食店内(キッチンカー)で提供する場合 → 飲食店営業許可のみで酒販免許は不要。
※テイクアウト販売は酒類小売業免許となるので注意が必要
(参考文献:お酒免許ドットコム(運営:アクセス行政書士法人)HP)
●ポイント:展開方法によって必要な免許がある
副原料の選定
副原料は基本的に自由度が高く何でも使用は可能だが、「美味しさ」とのバランスが重要になる。香りや酸味、色など、はっきりとした特徴を持つ素材はビールとしても個性を出しやすい。一方で甘味は発酵中に酵母に食べられてしまいアルコールに変わるため、酵母が食べられないデキストリンや乳糖を使う工夫が必要となる。
また、「ビール」として造るか、「発泡酒」とするかによって、副原料の使用量や表記の自由度も変わってくる。「ビール」は麦芽重量の5%未満しか副原料は使えない。商品名やパッケージにも関わるため、早い段階で考えておきたいポイントだ。
●ポイント:ビールか発泡酒かで表現の幅が変わる。副原料は「どう生かしたいか」を考える
誰もが気になる委託醸造の費用
澄川麦酒さんの場合、出来上がった缶一本当たりの単価を設定し、依頼側がそれを買い取るスタイル。一度の醸造で仕上がりが約120リットルであり、それを缶に詰めると多くて330本くらいとなる。その全本数を買い取る自信がなければ、澄川麦酒さんでは引き取ってくれるという。ちなみに澄川麦酒さんで引き取ったビールは直営店で提供するようだ。常連さんは酒屋に並ばない限定ビールを喜んでくれるようで、この点は直営店を持っている強みである。
●ポイント:醸造所ごとに費用や条件はさまざまで思っているよりも、始めやすいかも。
副原料はブロッコリーで
打ち合わせの終盤、話題は自然と副原料に移っていった。寺内農園では多くの野菜や果物を栽培しており、事前に寺内さんと私が話していた中ではトウモロコシやブロッコリーが候補に挙がっていた。
話を重ねる中で、より独自性が出せそうだという理由から、ブロッコリーを使う方向で話がまとまっていった。澄川麦酒さんとしても、ブロッコリーを使った醸造は初めてだという。
単価の高い野菜ではあるが、花蕾も茎も余すことなく使えるのは、ブロッコリー農家さんならではの強みだった。畑でまだブロッコリーが採れていることを話すと、「では試験醸造をしてみましょうか」と齋藤さんから嬉しいお言葉。
試験醸造というのは、「ビール」にするか「発泡酒」にするかの選択に迷っていたため、まずは「ビール」の分量で作り、のブロッコリーの風味や味わいなど確かめるということである。
一応、話は持ち帰って検討となったが、寺内さんはすでにやる気満々に満ちた表情だった。工場の見学も合わせて約2時間大変有難い時間だった。

左から2人目が澄川麦酒の齋藤さん。発酵の様子を見せてくれました。この時はラオホビールも発酵中でスモーキーな香りもしていました。

寺内さんは初めて見るビール醸造所で色んなものに興味を持っていました。(左:寺内農園の寺内さん 真ん中:筆者 右:澄川麦酒 齋藤さん)

寺内さんのご友人も興味津々で色々質問していました。
後日・・・
後日、試験醸造は正式に決定。ラベルデザインも早々に完成し、完成したビールはキッチンカーでフライドブロッコリーとともに提供する予定だという。
12月中旬にブロッコリーを発送し、ビールの完成は1月下旬~2月を予定している。
今後は、出来上がったビールや販売の様子についても、引き続き追っていきたい。

11月のブロッコリー畑は、雪が薄っすらありましたが、まだブロッコリーは成長中。小ぶりではありますが、その分美味しさが詰まったブロッコリー。

ケースに一杯の鮮やかな緑

この時期のブロッコリーは茎が太く、そしてその茎が甘いのが特徴。ブロッコリーの旬は長い。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









