一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

コラム

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 137~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ参拾壱

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

「ビールは、すっげえ面白んだぜ」

ピリついた空気を完全無視するかのように、わくわくと直は話し出す。

「麦芽とホップと、水と酵母。たったこれだけの材料なのに、いろんな味わいを生み出すことができる。バナナだったり、みかんだったり、チョコレートだったり……ってここじゃない食べ物ばっかだな。とにかく、うーんそうだな、ほら歌舞伎の七変化みたいな感じでさ」

「ま、歌舞伎みたことはないんだけど」自分で突っ込みながら直は続ける。

「あとビールを飲むとみんな笑顔になる。炭酸がぐわーって喉を流れていく感じ、あれがたまんないんだよな。疲れとか、ストレスとか一緒に流してくれる感じでさ」

なんなんだ、この男は。

目を輝かせながら話し続ける直を、金ちゃんはぽかんと見つめていた。過去の闇に、怒りに腕を掴まれそうになっていたのに、その薄暗い炎は直の発する「びいる」の話にかき消されていく。

「でもな、残念ながらビールはまだここにはないんだよ。だから!俺たちが造るってわけ!どうよ、すごいだろ?!おもしろいだろ?!飲みたいだろ!」

直は満面の笑みで、ぐいぐいと金ちゃんに顔を近づける。

「……あんた察しが悪いっていわれない?」

金ちゃんの言葉に、小西が小さく吹き出した。

「まぁ、それが彼のいいところだ。時に糀屋菱衛門。お主の造る種麹は、本当に素晴らしかった。ワシも端くれではあるが、酒を造る身。いままで数々の種麹を見てきたが、ここの種麹は群を抜いている」

「そりゃあどうも。でも種麹をどんなにうまく造れたって、意味ないことぐらい知っているでしょう~?種麹なんて誰でも造れるわけだし♡」

「ワシは堺で少しばかり商いをやっているからわかる。お主の造る種麹は金になる」

金ちゃんは小西の言葉に、カッと血が上るのを感じた。

「この世界のこと何にも知らないくせに!じじいが勝手なこと言わないでちょうだい!」

「いや、売れるよ。下の町ではどうだったのかは知らん。でも堺でなら売れる」

「はあ?なにを適当なことを!」

種麹やの時代は終わったのだ。自分たちが大事に守り続けてきたものは、もう世間には求められていないのだ。嫌というほど味わってきて、どうにかその事実を飲み込んでいままで生きてきたのだ。

幸い、金ちゃんには「金稼ぎ」の才能があった。種麹をつくらずとも、酒を造らずとも、金を稼ぐ方法はいくらでもあった。それが例え人様に胸を張って言える方法でなかったとしても。

「種麹や」としては商売できない。その事実を誰よりも知っているのは自分だ。たかが商売人風情にこの世界の、麹の何がわかるというのか。

「堺だろうが、どこだろうが売れるわけなんてない!」

「いや、にっしーが言うなら売れるだろ。なんたって、えっと、なんだっけ……喜兵寿、あの屋敷の名前」

またもや空気を読まずに、直が会話に割って入る。巻き込まれた喜兵寿は、たまったもんじゃないといった表情で、ぼそりと「道修町薬種屋仲間だ」と呟いた。

「そうそう!道修町薬種屋仲間な。まじで舌噛みそうな名前のやつ!にっしーはそこのお偉いさんだからな」

「はあ?!」

金ちゃんが素っ頓狂な声をあげる。道修町薬種屋仲間といえば、遠く離れた下の町でもその名が知れ渡る、天下の商人団体。南の流通を牛耳っており、商人の世界じゃ知らぬ者はいない。そこの頭がどうしてこんなところに……

「販路は間違いなくある。ワシが買い取って販売しよう。まぁ、お主が種麹やを再びやるのであれば、だがな」

こちらをまっすぐに見る小西。金ちゃんはその目を見つめ返した。静かで深い。うっかりその言葉をまるっと信じてしまいそうになる。でも……

今まで嫌というほど味わってきた「現実」がずしりと肩にのしかかる。そんなうまい話があるわけがない。だいたい商人なんてウソつきばかりだ。

でも、もしも……もしも少しでも可能性があるのだとしたら。

胸の奥で、かすかに火種が灯る。しかし金ちゃんは気づかぬふりをして、目を閉じ小さく息をついた。

「……もうわたしは寝るわ。夜更かしはお肌の敵だもの」

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。