【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 121~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ拾伍
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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堺で小西が絶大なる力を持っているのは知っていた。しかし遠く離れた、この下の町でさえも小西はその影響力を強く持っているようだ。
「喜兵寿の言っていることはもっともだ。でもお前たちが家を空けていた数日間、わたしはつると一緒にいたから、直の言いたいこともよくわかる」
小西はふっと笑う。
「途中籠を手配し、幸民の家に戻ろう。ワシがつるを迎えにいくよ」
「しかし……!」
「なあに心配はいらないよ。口も堅けりゃあ、腕っぷしもいい籠屋だ。それに今は深夜。さすがにこんな時間に見張っているやつもいるまい」
そういうと、小西は「麹を頼むよ」と麹室を出ていった。
「まったく!お前は余計なことをしやがって」
ばたりと扉が閉まると、喜兵寿は直を睨みつける。
「喜兵寿はつるの気持ちがわかんねえのかよ。酒造りに対して、あいつがどんだけの想いを持っていたか知ってるだろ」
「知ってる!」
喜兵寿は声を荒げる。
「そんなこと誰よりも知っている!それでも、もうこれ以上あいつを危険に巻き込みたくはない」
つるが死んだと聞かされたあの時の……全身から血液が一気に抜けていくような、地面が音を立てて崩れていくようなあの感覚はもう二度と味わいたくはなかった。
自分のやろうとしたことのせいで、大事な人がいなくなる。それは自らが切りつけられるよりも遥に痛く、身体中のありとあらゆる箇所が引きちぎられるような苦しみだった。
「あいつには幸せになってほしいんだ。笑っていてほしいんだよ」
つるが元気で生きてくれさえすれば、他に何も望まない。几帳面で気の利くつるは、この先きっといい妻に、母親になるだろう。
「な~んだ。結局さ喜兵寿も同じ気持ちなんじゃん!」
直は「あはは」と笑うと、あっけらかんと言った。
「は?!」
「だってあいつの幸せって酒を造ることだろ?結婚なんかしたくないーーーーわたしは酒を造りたいんだーーーーって叫んでたもんな」
その言葉に喜兵寿は、はっと息を飲む。
「本当にやりたいことがあるのに、諦め続けて生きてきたわけだろう?それってめちゃくちゃしんどいよなあ。ビール造れない人生は、俺にとって死んでいるのと同じようなものなわけで、だから生きるためには死んじゃだめだけど、つるもやっぱり死んでいない状態を作ってやるべきだと思って……ってあれ?」
直は首をひねっていたが、「とにかく!」と叫んだ。
「生きるためには、つるもビールを造る必要があるだろってことなわけ!」
「……まったく、めちゃくちゃな理屈だな」
喜兵寿は深いため息をつくと、ガクリとうなだれる。
「……でも一理あるんだろうな」
つるのこれからを案ずるばかりに、知らぬ間に彼女の幸せを決めつけていたのかもしれない。
「ああ、煙管が吸いたい。もうひと踏ん張りして、ひと段落ついたら一服するぞ!」
喜兵寿はぐるぐると腕を回しながら言った。
「そうだな!その頃にはつるも合流できるだろうしな」
わくわくと作業に戻りながら、直はふと首を傾げた。
「そういえばこんな夜中にさ、籠とか頼めるのか?みんな寝てんじゃね?」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







