【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 116~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ拾
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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夕暮れを知らせる鐘の音。まだ明るい空の下、喜兵寿と直は糀屋菱衛門裏の井戸にいた。米を袋から取り出し、水ですすぐ。じゃっじゃっという小気味のいい音を聞きながら、直は「うおおおおおお」と叫んだ。
「ついに日本酒ビールの幕があがるな!」
「うるさい。近所迷惑だ。あと気が散る」
喜兵寿は、淡々と米から糠を落としながら言った。うまい酒を造るには、常に意識を集中させておく必要がある。不思議なもので、気のゆるみはそのまま味につながるものだ。どんなに同じ製法で仕上げたとしても、ぼやっと造った酒は、どことなくぼやっとした味わいになる。
「なあ、今から何をするんだ?なあ!なあ!」
直は楽しくてたまらない、といった様子で喜兵寿の手元をのぞき込む。今朝糀屋菱衛門に来てから、喜兵寿はずっと設備や醸造の確認に時間を費やしていた。その間直はさぞかし暇だったのだろう。作業が始まった今、ここぞとばかりにはり切っていた。
「まずは米麹をつくる」
「おおおお!米麹な!って米麹ってなんだ?」
まずは直の疑問に答えねば、延々に質問され続けるな……そう悟った喜兵寿はすすぎを辞め、直の方に向き直った。
「日本酒は米、水、米麹で造る酒だ。日本酒を造るためには、まず米麹をつくる必要がある」
「ふむふむ!なるほどなるほど!ちなみにビールは麦芽、水、ホップ、酵母だから、なんだか似てるな!」
「米麹は蒸した米に種麹を振りかけ、繊細な温度管理をすることで出来上がる。『一麹、二酛、三造り』という言葉があるように、日本酒造りにおいて一番重要なのは米麹つくり。米麹のできが日本酒のできに直結するわけだ」
喜兵寿は先ほど10両で買った種麹に目をやる。まったくとんだぼったくりだ。ざらりと広がる嫌な気持ちを吐き出すように、喜兵寿は勢いよく言葉を続けた。
「米麹つくりはとても繊細で手のかかる作業だ。仕込みをはじめれば、三日三晩は付きっ切りで手入れをする必要がある。お前も覚悟をしておけよ。最初からそんなに飛ばしたらもたないぞ」
喜兵寿の言葉に、直はあからさまにぎょっとした顔をした。
「三日三晩寝ないってことか?酒はどうするんだ?まさかその間飲めないなんてことは……」
「そのまさかだよ。種麹を振りかけると、米は自ら発熱する。そしてそのまま放置すれば自らの熱で死んでしまうんだよ。だから定期的に手を入れ、空気を送り込む必要がある。いつもみたいに酒を飲んで泥酔してたら、あっという間に米麹は全滅だ」
「まじかよ……いきなりの断酒宣言。先に言っといてくれよ~心の準備ってもんがあるんだからさあ」
「言ったところで、どうせ前日に馬鹿みたいに飲むだけだろ」
「それは確かに!」あはは、と笑う直に背を向け、喜兵寿は再び米をすすいだ。この後どんな風にびいるを醸造していくかは全く未知。様々な方法を試すことを考え、米の量は最小限にしていた。米麹が持つのはせいぜい3日程度だ。試作といえども、出来る限りいい状態の米麹で酒造りに臨みたかった。
米をすすぐと、水桶に移す。そこへ井戸から汲んだ水をざばざばと入れた。
「これから一晩かけて、米に水を吸わせる。続きの作業は明日だ」
喜兵寿の言葉に直は目を輝かす。
「なんだよ!今日は帰るんじゃん!やった。しばらく飲めないんだ、にっしーにうまい酒おごってもらおっと」
「まったく……どうやってびいるを造るのかも考えろよ!俺は日本酒を造れど、そこからどうやってびいるを造ったらいいのかなんてさっぱり見当もつかないんだからな!」
「はいはいはい!相変わらず喜兵寿は心配性だなあ。大丈夫だって。どうせ三日三晩つきっきりで米麹と向き合うんだろ。その時一緒に考えようぜ」
喜兵寿は直のお気楽さに大きなため息をつくと、「……俺も飲もう」と呟いた。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







