【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 127~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ弐拾壱
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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「……っ、わかったよ」
ぎりりと喜兵寿は歯噛みすると、同じく小西に、そしてねねと甚五平に向かって頭を下げた。
「つるを無事にここまで連れてきてくれてありがとうございます」
どちらにせよ、もう後には戻れないのだ。喜兵寿はいろいろな想いをぐっと飲み込む。つるの気持ちは痛いほどわかった。酒を愛する気持ちも、造ることができない歯がゆさも。そして「命をかけてでもびーるを造りたい」という燃える様な思いも。
その時、麹室の戸を叩く音がした。部屋の空気がサッと凍り付く。甚五平は低く身構えると、皆に麹台の下に隠れるよう身振りで示した。
ごんごん
再度無言で木戸が叩かれる。
「……はイ」
甚五平が細く戸を扉を開けると、そこに立っていたのは金ちゃんだった。
「あら、いい男が出迎えてくれた~」
調子っぱずれな声に、一瞬で部屋の空気が緩むのがわかった。金ちゃんは「入るわよ~」と言うと、興味深そうに麹室の中を見渡す。
「あら、わたしと麹の作り方ちょっと違うのね~柳やは伊丹の酒蔵よね。やっぱり場所が違うと違ってくるものなのね~」
そういうと、ひょいっと米麹を摘み、口の中に放り込んだ。
「うん、でもさすがうちの種麹。違いはあってもちゃんといい仕事してるわあ~」
「話は聞いた。追っ手のものが来たと聞いたが……!」
喜兵寿は金ちゃんのもとに駆け寄る。
「奴らはどうした?!一体誰だったんだ?」
全員の視線が金ちゃんに集まる。それを「いやだわぁ、こわい~」などと避ける仕草をしながら、金ちゃんはにっこりと笑った。
「丁重にお帰りいただいたわよ。こんな夜中に人の家を訪ねるなんて、あなたたちの方がお尋ね者なんじゃないのぉ~って言ってやったわよ!」
その言葉を裏付けるよう、入り口を見に行っていた甚五平が大きく頷く。
「……そうか。よかった」
小西がつぶやき、全員がほっと胸をなでおろす。
「金ちゃん!やるじゃん。あっさり裏切りそうなタイプだと思っててごめんなー!」
「ちょ、まったくまたお前は!」
喜兵寿に叩かれる直を見ながら、「まさかぁ。もらったお金分くらいは、ちゃんとするわよ~」と金ちゃんはニコニコとほほ笑む。
「それで?つるたちを襲ったのは一体誰だったんだ?!」
金ちゃんは麹室の中の面々を見渡す。柳やの店主に樽廻船の女船長。堺商人の頭に様子のおかしな得体のしれない男。どう考えても交わらないであろう輩が、狭い麹室に集まっているのはなんともおかしな光景だった。
「さあ?誰と言われてもわからないわよ。『同心だ』って名乗ってはいたけれど、本当なのかしらねぇ」
扉の外にいたのは、ひょろりとした姿の年配男性だった。暗闇の中浮かび上がった男の姿を見て、金ちゃんは一瞬自分の目を疑った。
かつて一度だけ、思い出したくもない場で一瞬だけその姿をみたことがある。隠密同心。かなりの役職者の命を受け、暗躍する同心だった。
喜兵寿と直が、下の町中の酒蔵から締め出されているのは知っていた。しかしここまで大きな力が動いていたとは……
肌が粟立ち、震えが足元から上ってくる。それと同時に湧き上がる興奮を抑えるのに金ちゃんは必死だった。
(なにこれ、ものすっごくおもしろいじゃない……!)
危ないところには、常に金のにおいがするものだ。彼らには心行くまでたっぷりとこの蔵を使ってもらおう。金ちゃんは何食わぬ顔で男と話しながら、その容姿、におい、気配までをしっかりと記憶した。きっとこの男とはまた出会うことになるだろう。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







