【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 150~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ拾参
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です
前回のお話はこちら
第一話はこちら
源蔵は大木のような腕を、直に向かって思いっきり振り下ろした。間一髪避けると、源蔵の身体が大きく傾く。
「あっぶなっ!ちょ、ちょっと落ち着いてくださいって!」
必死に逃げながら「話を聞いてくれ」と叫ぶが、その声は源蔵には一切届かなかった。目は怒りに燃え、なりふり構わず殴り掛かってくる。どうにか逃げ回っていたものの、ついに襟首を掴まれた。
「つると喜兵寿を返せ」
低く唸る声と同時に、力が込められる。喉元がぎりぎりと締め上げられ、呼吸が奪われていく。もがけばもがくほど、源蔵の腕にはさらに力が込められた。直は絞殺される恐怖に慄いた。もがく腕が空を切り、袂が乱れてほどけかける。心臓の鼓動ばかりが、喉の奥で暴れていた。
「誰か!誰か来てください!」
薄れゆく意識の中で、誰かが叫んでいるのが聞こえた。騒ぎに人が集まってきたのだろう。「どうした?」「喧嘩か?」など複数の人の声がぐわんぐわんとこだまする。
「……ちっ」
源蔵は舌打ちをすると、直を放り投げ走り去った。
「がはっ!うえっ、げぇっ」
解放されても、うまく息ができなかった。喉が燃えつくように熱い。直は必死で息を吸い、盛大にむせた。
「っは……まじで……死ぬかと……」
殺意というものは、目に見えるのだと知った。真っすぐに向けられたそれは、思い出すだけで肌がびりびりと焼けるように痛い。源蔵にとって、自分はすべての元凶なのか……そう思うと胸が詰まるようだった。
すべての始まりは、自分がこの時代に来たことだった。喜兵寿も、つるも、俺に出会わなければ――あんな目に遭わずに済んだんじゃないか。その考えが浮かんだ瞬間、直は首を勢いよく振った。
「もしも」なんて考えたところで、どうしようもない。今は変わらない。今自分が出来ること、いややるべきことはビールを造ることだけだ。直は心配そうにこちらを見ているやじ馬たちに、頭を下げると、「蕎麦でも食べるかぁ」と歩き出した。
蔵には、とっぷりと夜が更けた後に戻った。今日のことを皆に話したくなかったからだ。特に源蔵の変わりようを知ったら、つるは心配するに違いない。話すつもりはない、でも皆の顔を見たらついつい話してしまうかもしれない。自分の口の軽さを知っているからこそ、蕎麦を食べた後、屋台でちびちびと日本酒を飲み時間を潰したのだ。
蔵の戸をそっと開けると、中には灯りがついていた。もういい時間だというのに、まだ誰か起きていたのか……そろりそろりと近づくと、金ちゃんがそろばん片手に何かを書き留めているところだった。
「あらぁ、おかえりなさい。遅かったじゃない~♡まあ、どうでもいいんだけど」
「金ちゃんこそ、遅くまで何やってるんだ?」
金ちゃんは、ふっと目を細めると、手元の紙を引き寄せた。
「種麹をね。もう一度商売にしてみようとおもって。別に小西のおっちゃんにそそのかれたからじゃないわよ~♡でもね」
金ちゃんは愛おしそうに、そろばんを撫でる。
「あんたたちがわけわかんないことやってるのを見て、なんか出来そうな気がしちゃったのよねェ。馬鹿みたいな夢を、もう一度見たいなんて思っちゃった♡」
「まじか。めちゃくちゃいいじゃん!確かにここの種麹は最高だって、みんな言ってたからな。絶対うまくいくよ」
直の言葉に、金ちゃんは嬉しそうに、でも少し恥ずかしそうに微笑む。
「ありがと。本当は賭けなんて好きじゃないんだけどねぇ~。この蔵もほぼ酒を造らずに、種麹蔵に戻すんだもの、親が生きてたら大反対するでしょうね」
「ま、死んでるから関係ないけど~♡」そういって笑う金ちゃんの言葉を、直は思わず遮った。
「ん?今、『ほぼ酒を造らずに』って言ったか?」
「そうよ~この蔵を引き継いだ後、わたしは酒を造らずに別で金を稼いでいたんだもの」
直は息を飲んだ。背筋に冷たいものが走る。酒を造っていないということは、蔵付きの酵母はいないということになる。つまり、いくら待っても桶の中に酵母が下りてくることはない。
つまり……このままではいくら待っても発酵は始まらないのだ。
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









