【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 108~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ弐
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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研ぎを終えたばかりの刀は、白く輝く。そして、時に「みたい」ものを村岡に見せてくれる。
村岡はふうっと静かに息を吐くと、刀身に意識を集中した。小窓から差し込む光がゆらりと歪み、ぼんやりとした影が立ち上る。周囲の音がぴたりと止んだ時、刀に朧げに画が浮かび上がるのがみえた。
無数の酒樽、腹を抱えて笑う男たち。暖簾に戸にいくつも貼られた紙……それはあの忌々しき「柳や」だった。
「やはり思った通りだ」
柳やがまた、何かをしようとしている。そしてそれは「良くないこと」に違いない。村岡は怒りで唇を強く噛んだ。ぶつりと裂けた肉から、血が口の中に広がる。
下の町を守るのが自分の使命。下の町の風紀を乱すものは排除しなければならない。そして自分の邪魔をする輩も徹底的に駆逐しなければならない。
全身に駆け巡る怒りをなんとか静めながら、村岡は刀に指を走らせた。
昔はよかった。危ういと感じたら首を切り落とせばよかったのだから。それがどうだ。今は座敷牢にぶち込むことが精一杯。時代だかなんだか知らないが、これでは治安が悪化する一方だ。
「これでは死んだ父上も浮かばれぬ」
駿河の国で刀鍛冶をしていた父はその腕前を買われ、ここ下の町の御家人に仕えていた。
そして辻斬りにあって、あっけなく死んだ。
この町はろくでもないもので溢れかえっている。だから自分は同心になったのだ。
村岡は刀を腰に差すと、すっくと立ちあがった。
「おい!弥彦はいるか!」
村岡の声に、痩せぎすの男が扉の影から現れた。
「ひっひっひっ……!そんな大きな声で呼ばずとも、弥彦はいつもおそばにいますよ……」
弥彦と呼ばれた男は大きな前歯を見せ、気味の悪い笑顔を浮かべる。
「刀に映った『柳や』をみた。今すぐ馬を出せ」
「おや、また刀の幻想の話でございますか。旦那の妄想で殺された人は一体何人になるのやら……くわばらくわばら。ひっひっひっ」
おかしそうに笑う弥彦の喉元に、村岡は刃を突き立てる。
「何が妄想だ。あれは事実だ。発言を慎め」
「ひっひっひっ……冗談でこざいますよ。そうカッカせずに。すぐに馬と目明しの準備をいたしましょう」
弥彦はひらりと身をかわすと、村岡の傍にぬるりと滑り込んだ。
「それで旦那、『例の酒』の件なんですがね。お上から再び通達がありまして。黒船が次に港に来るまでに必ず用意しろとのこと」
弥彦の言葉に村岡の顔がさっと曇る。
「まだそんなありもしない酒のことを言っているのか!」
「ひっひっひっ……!お上も人が悪い。『土色でぶくぶくと泡立つ酒』なんてありもしないものを所望される。いや、それよりもたちが悪いのは、そんな気がふれたとしか思えない酒を飲みたがる赤毛のやつらですかね」
「……それで。具体的にいつまでに用意する必要がある?」
「さあ?あの黒い船のことは誰にもわかりません。前回は柳やの娘に罪をなすりつけて事なきを得ましたが、今回はどうしましょうね」
弥彦はおかしくてたまらないといった様子で、喉を鳴らして笑う。
「ひっひっひっ……このままいけば、旦那のせいで下の町中の酒蔵がなくなってしまうかもしれませんね」
村岡は忌々しげに弥彦を睨みつけると、「黙れ!」と吐き捨てた。
「それについてはこちらで早急に考える。お前は柳やに行って、やつらが怪しい動きをしていないか見てこい」
「ひっひっひっ……かしこまりました。では泥のような酒については旦那にお任せするとして、弥彦は偵察に行っていましょうかね。あ、くれぐれも弥彦に罪をなすりつけるのだけは止めてくださいね。ひっひっひっ……」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







