【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 111~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ伍
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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「だから、気をつけろって言ってるだろうに!」
「ごめんごめん」
喜兵寿と直がこそこそ話をしていると、大きな影がぬっと近づいてきた。
「ちょっとそこのお困りのお兄さん~♡」
振り返ると、熊のように大柄な男が立っていた。なんというか威圧感がすごい。男はぎょろぎょろとした目を細め、楽しくて仕方ないといった様子で二人に話しかけてくる。
「そうそう、お兄さんたちのこと♡」
「……何か御用ですか?」
喜兵寿が警戒した声出す。長らく下の町で商売をやっているが、こんな男のことは見たこともなかった。襟元のはだけた着物に、奇妙な装飾品。どこかで目にしたことがあれば、絶対に忘れない風貌の男だ。
「ちょっと、やだあ。そんな怖い声出さないでちょうだいよ~」
男はくねくねと身をよじると、喜兵寿と直の耳元でボソリと呟いた。
「酒蔵に排除されているんでしょう?あいつら、うちの蔵にも来たわよ。酒を造らせたらしょっぴくぞって」
「!!!」
「嫌な鼠が嗅ぎまわってる。ほら、見えるでしょう。あの店の角にいる薄ら禿のじじい。ぶっさいくよねえ」
二人が慌てて目をやると、痩せぎすの小さな男がさっと物陰に隠れるのが見えた。
「ここは人目が多すぎる。よかったらわたしの蔵にいらっしゃい♡」
そう呟くと、男は踵を返しすたすたと歩きだした。
「なんだあいつ。めちゃくちゃ胡散臭いんだけど。胡散臭いのに、なんかいい匂いがするし!」
直は男に向かってべえっと舌を出す。
「……やはり俺たちに酒を造らせないようにしていたのか」
男の話が本当なのであれば、やはり村岡が水面下で動いているに違いなかった。だとしたら下の町の酒蔵、どこにあたっても断られるに違いない。目の前の男が信用できるかわからなかったが、今はどうこう言っている場合ではなかった。
「とりあえず、ついていってみるしかなさそうだな」
しばらく歩いた町はずれに、男の酒蔵はあった。古い建物が多い下の町において、その建物まだ目新しく、真っ白な暖簾が風にはためいている。
喜兵寿はしばらくきょろきょろとあたりを見渡していたが、驚いたように口を開いた。
「ここは確か麹や(こうじや)ではなかったか?!」
「そうそう♡うちは代々麹や。でもこれからの時代、麹なんて儲からないだろうなーと思って酒蔵に改築したの。時代の先読みってやつ」
男は嬉しそうに笑うと、二人を手招きした。
「さ、立ち話もなんだし入って入って♡」
酒蔵の中はがらんと広かった。酒造りの道具もまだ新しいのだろう。そこかしこから木のにおいがする。
「自己紹介が遅れちゃったわね。わたしのことは『金ちゃん』とでも呼んでちょうだい♡お金が大好きだから金ちゃん。覚えやすいでしょう?」
にっこりと笑う金ちゃんを見て、直はその肩をバンバンっと叩いた。
「金好きだから金ちゃんとか!お前変な奴だな。俺は直!こいつは喜兵寿。よろしくな」
直が一気に打ち解けるのを見て、喜兵寿はため息をついた。
「それで?捕まる危険性があるのに、どうして俺たちに声をかけたんだ」
「え~なんでって♡」
金ちゃんは笑顔を崩さぬまま、ワントーン低い声で言った。
「困っているってことがお金で解決できるってなったら、たくさんお金出してくれるかもしれないじゃない」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







