[コラム]2025.10.8

【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 117~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ拾壱

ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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翌日。喜兵寿と直、そして小西は糀屋菱衛門にある麹室(こうじむろ)にいた。

「なんかこの部屋あったかいなあ~」
直は興味津々といった様子でそこら中を歩き回る。

「麹造りは温度管理が命だからな、って子供じゃあるまいし、ちょろちょろするんじゃない!」

喜兵寿が振り返ると、直と同じく小西もちょこまかと動き回っていた。

「おっと申し訳ない。やはり蔵によって多少なりともの違いがあるのが面白くてな」

小西は目を輝かせながら、壁に両手を当てている。

「あっと、いや、小西様は別に構わないというか……なんというか……」

「熱を逃がさぬよう、壁にはもみ殻を詰めているのか。確かに理にかなっている。炭は四方への埋め込み式か。どうりで部屋の温度がどこも一定なわけだ」

昨晩、幸民の家で酒を飲みながら、小西と幸民はどちらが一緒に行くかで揉めに揉めていた。
最終的には直が教えてくれた「じゃんけん」なるもので勝負をつけたわけだが、朝から幸民は大いに不機嫌で、小西は上機嫌。なんとも言えない雰囲気の中、3人で糀屋菱衛門にやってきたというわけだ。

きゃっきゃと楽しそうな2人を横目に、喜兵寿は蒸した米を床(とこ)※へと広げた(※床とは、麹室中心に置かれた台のようなもの)。一晩かけてたっぷり水を吸わせた米を、せいろで蒸すこと四半時と少し。米は目指した通り、外側が硬く内側は柔らかい状態に蒸しあがっていた。

麹づくりは繊細な作業だ。蒸した米がどの程度の水分を含んでいるかで、出来上がりにかなり差が出る。

「……上出来だな」

喜兵寿はひとつ深く息をすると、床に向かって小さく一礼をした。手先で少しほぐすようにしながら、全体を均一にならしていく。指先に意識を集中していると、ふっと数年前に意識が引き戻されるような、不思議な感覚に襲われた。

寒い雪の日。伊丹、柳や酒蔵。こんこんと降り積もる雪を麹室の中から見たことがあった。部屋の中は炭火と蔵人たちの熱気で汗をかくほどで、でもひとたび麹室を出れば凍えそうなほど寒かった。

「お前は酒を造れ」

低くしゃがれた祖父の声がよみがえる。

「お前の造る酒が俺は飲みたい」

そんなことを言われたこともあったのか……どこかにしまい込んだ記憶がふと蘇り、喜兵寿は息を飲んだ。他には、他には何か言われたことがあっただろうか。

記憶を辿ろうとした瞬間、背後からの大きな声がして現実に引き戻された。

「今これ何してるんだ?!俺も何かやりたいんだけど!」

ぐるりと振り返れば、直がわくわくとした顔で手元をのぞき込んでいる。

「なあ!なあ!なあ!」

あるはずもない尻尾のようなものが見えた気がして、喜兵寿は思わず吹き出した。

「残念ながら、ここからしばらくは蒸し米を冷ます必要がある。特にできることはない」

「なんだよ。早く俺も何かしたいんだけど」口を尖らす直の横で、小西がにっこりと笑いながらいった。

「この後は種麹を振りかける種切りだな。少し時間もあることだし、10両の種麹とやらを少し味わってみようではないか」

―続く

※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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この記事を書いたひと

ルッぱらかなえ

ビアジャーナリスト

ビールに心臓を捧げよ!
お酒をこよなく愛する、さすらいのクラフトビールライター。
和樂webや雑誌「ビール王国」など様々な媒体での記事執筆の他、クラフトビール定期便オトモニでの銘柄選定、飲食店等へのビール提案などといった業務も行っています。
朝から晩まで頭の中はいつだってビールでいっぱい!

ビールの面白さをより多くの人に伝えるため、ビールをテーマにした小説「タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗」を連載中。小説内で出来上がる「江戸ビール」は、実際に醸造、販売予定なので、ぜひオンタイムで小説の世界を楽しんでいただきたいです!

その他、ビールタロット占い師としても活動中(けやきひろばビール祭り、ちばまるごとBEERRIDE等ビアフェスメイン)
占い内容と共に、開運ビアスタイルをお伝えしております。

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