【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 136~守銭奴商人 対 性悪同心 其ノ参拾
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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「本当はそんなこと、つゆにも思っていないのだろう?」
小西はまっすぐに金ちゃんを見つめながら言う。
金ちゃんを取り巻く「色」は桃色だった。ゆらりと漂うそれ故に、言葉とは異なる深い慈愛に満ちていることがわかる。
「喜兵寿、拳を下ろしなさい。この男はつるを売ったりはしない」
「え~この人急になんなのよぉ~。え、何?わたしのことが好きなのかしら」
身体をくねらし、「年上はちょっとぉ~無理かもぉ」などと金ちゃんはおちゃらける。
「わたしのことなんてぇ、何にも知らないでしょう?……わかったような口を利く人、大っ嫌いなのよねぇ」
真っ黒に沈んだような金ちゃんの目を見て、小西はふっと笑った。
「わかるよ。ワシには見えるからな。お主は心根の優しいいい男だ。そして天下一品の種麹技術を持っている」
「でも恐らくだが」小西は姿勢を正し、金ちゃんに向き合う。
「不遇の時代があったのだろう。辛さや迷いも時折にじみ出ている。時を経てなお癒されない痛み。それを抱えてよくやっている」
小西の言葉に、金兵衛の脳裏に去来したのは、過去の光景だった。
――
糀屋菱衛門は室町時代から続く麹やだった。
「うちの麹の右に出るものはいない」。蔵で働くだれもが胸を張ってそう豪語しており、実際に周辺酒蔵からの評価も高かった。
しかし金ちゃんこと金兵衛が物心つく頃には、麹やの需要は激減していた。酒造技術の発展や流通の拡大。それによって酒蔵が自ら麹を製造することが一般的になっていたからだ。
薄暗い中、毎晩帳簿とにらめっこする両親。
「なぜうちの麹を使わない?あんな素人が造った麹でうまい酒ができるわけないだろう!」酔う度に怒鳴り散らす祖父。
これからの生活を悲観して、泣く祖母。
家の中は常に悲惨だった。それでも金兵衛は麹が好きだった。同じ年端の子と遊ぶこともせず、こっそり室に籠っては麹と対峙する。
麹はとにかく美しかった。そしてそれらは自分の匙加減、手加減ひとつで表情を大きく変えるのだ。まるでこの室こそが世界の中心で、自分の手ひとつですべてを支配しているかのような、そんな全能感。
「いつか自分があとを継いだら。必ずこの蔵を繁盛させてやる」
金兵衛は麹についての技術を身に着けるとともに、商いについての勉学に日夜取り組んだ。
しかし現実はそううまくはいかなかった。
金兵衛がやっと跡を継ぐことができる年齢になったころには、蔵は火の車。高利貸しから借りた金は膨らみ、にっちもさっちもいかなくなっていた。
そんなある日、父は書置きを残し失踪した。その後母は精神を病んで自害。数年前に死数年前に祖父母は死んでいたので、金兵衛は多額の借金を背負ったままひとりぼっちになった。
糀屋菱衛門はせめて先祖代々続く、その名を残そうと酒蔵に転換していたから、自分の夢だった商いをすることもできなかった。
残ったのはがらんとした酒蔵と、借金。
「素人が造った麹でうまい酒ができるわけないだろう!」あの日の祖父の怒声は、時折耳奥で鳴り響き、酒を造る手を止める。
酒蔵のせいで「麹やとしての糀屋菱衛門」はなくなったのだ。酒を造る人間は嫌いだ。自分たちさえよければいいと思っている、自分勝手な人間だ。
どうしてあの時誰も助けてくれなかったのだ。どうしてまずい酒を垂れ流しながらも、へらへらと笑っていられるのだ。どうして、どうして、どうして……
それでも自分は「酒蔵としての糀屋菱衛門」の金兵衛だった。
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









