【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 144~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ漆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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三方を山に囲まれた、静かな入江“浦賀”。波間に揺れる小さな漁船が、まだ朝靄にけむるころ、遠く沖から7隻もの艦体がやってきた。
それはまるで海を割るような黒い壁だった。圧倒的な威圧感。船を出していた漁師たちは慌てて岸へ戻ると、「外へ出るな」「火を消せ」と女子供を家へと戻した。
「……帰ったんじゃなかったのか?」
「今度は7隻だ!見てみろ、前回より3隻も多く来ているぞ!」
山の中腹にある、小さな社(やしろ)に身を隠すようにして、男たちは黒船を見つめる。大きく重厚な船体、そして風に膨らむ真っ白な帆。煙突からは真っ黒な煙をもうもうと出して、まるで異国の獣のように水面を切って港へと入ってくる。
この艦体がやってくるのは2回目だった。1度目は夏の始まりの頃。驚きと恐れ、そして好奇心。その姿を一目見ようと、小さな港町にたくさんの人たちが押し掛けた。商人、町人、武士に飛脚。
皆、丘の上から港を見ては、「あぁ恐ろしい……」と口々に呟いていたが、3日目には「黒船まんじゅう」なるお土産ものまで売られていた。人の慣れとは恐ろしいものだ。
動きがあったのは、滞在から7日目のことだった。午前の陽が高く上る頃、いきなり黒船の大砲が咆哮を轟かせた。
どんっという轟音は、空を、地を切り裂く。地面がびりびりと揺れ、人々は耳を抑えてうずくまった。
「戦じゃ!やはり戦がはじまるんじゃ」
誰かの叫び声に、皆一斉に逃げ惑う。しかし黒船は、大砲は細く白い煙を立ちのぼらせながら、ゆっくりと浦賀を去っていったのであった。
そんな1度目の黒船来航から、約3か月。大砲の恐怖が記憶から消えぬうちに、彼らは2度目の来航をしたのであった。
――
「村岡さま」
「……弥彦か。なんだ」
研磨部屋で刀を研いでいた村岡の下へ、弥彦がニヤニヤしながらやってきた。今日は朝からなぜか気持ちが落ち着かない日だった。精神を整えようと刀を研ぐも、刃先はまるで意志を持ったかのように滑らない。それどころか、かえってざらつきが増すようで気持ちが悪かった。
そこに来ての、弥彦だ。薄気味の悪い笑みを浮かべやがって……村岡は吐き捨てるように「何の用だ」と言った。
「黒い船が再び浦賀に来ました……ひっひっひっ」
弥彦の言葉に、村岡は思わず立ち上がる。
「なんだって?!」
「お上から再通告です。『土色でぶくぶくと泡立つ酒』を至急用意せよ、と」
「だから!そんなものはないと言っているだろう!!!」
「おぉ……こわやこわや。弥彦に当たられても困ります。弥彦はあくまで、お上のお言葉をお伝えしたのみ……ひっひっひっ……」
「お上には、異国の客人をもてなすには、そんなわけのわからない酒ではなく、もっといい酒があるとお伝えしたはず。なぜそんなにも土色の酒にこだわる!」
「ひっひっひっ……弥彦にはさっぱりわかりません……しかしお上は相当にご執着のようですなぁ……ひっひっひっ」
弥彦は欠けた歯を見せながら、おかしそうに笑う。
「おお、おお……村岡さまが、怖いお顔をしていらっしゃる。弥彦に罪をなすりつけるのだけは、やめてくださいね……ひっひっひっ……それで?弥彦はどのように動きましょうか」
―続く
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









