一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

42歳のソラチエースを約300人で祝福!「SORACHI BIRTHDAY FEST.2026」開催 ~イベントリポート~

ビールに愛された皆さまへ。

2026年9月5日、北海道で生まれたホップ「ソラチエース」の誕生日を祝う「SORACHI BIRTHDAY FEST.2026」が、ホテル椿山荘東京で開催されました。

ホテル椿山荘東京

会場となったホテル椿山荘東京

ソラチエースが品種登録されたのは、1984年9月5日。今年で42歳を迎えます。

格式を感じさせる華やかなバンケットホールには、ホテル椿山荘東京による和洋中の料理がずらり。受付を済ませた参加者には、氷で冷やされた「サッポロ SORACHI 1984」が手渡され、各テーブルには特別デザインの専用アルミカップが用意されていました。

18時30分、まずは最初の乾杯。

料理とSORACHI 1984を楽しむ歓談の時間を挟み、スクリーンの時計が「19時8分4秒」を指す瞬間、約300人の参加者が再びカップを掲げました。

「乾杯!ソラーチ!」

会場がひとつになり、42歳を迎えたソラチエースの誕生日を祝いました。

 

7人の「SORACHI 1984 TAP MAESTRO」が誕生

誇らしげな笑顔の初代TAP MAESTROの7名。左から近野香織さん、川畑誠さん、林慧さん、髙橋冬樹さん、村田雅恵さん、mamさん、飯島功次さん。

ステージプログラムは、「SORACHI 1984 TAP MAESTRO」の任命式から始まりました。

「SORACHI 1984 TAP MAESTRO」は、2026年にスタートした、SORACHI 1984の注ぎ手を認定する制度です。提供品質や注ぎの技術など、さまざまな条件をクリアした7人が、初代TAP MAESTROとして任命されました。

一人ひとりが認定の楯を受け取り、SORACHI 1984を提供するうえでの思いを披露します。登壇者によっては客席からひときわ大きな拍手や歓声が上がり、それぞれのお店に多くのファンがいることも伝わってきました。

ビールの味は、造り手から飲み手へ届くまでの最後の工程である「注ぎ方」によっても変化します。SORACHI 1984の個性を理解し、その魅力を一杯のグラスに表現できる注ぎ手を育てることは、このビールが次の段階へ進むための大切な取り組みなのでしょう。

「響き合う ここから」——書とピアノによる共演

続いて披露されたのは、書家・小杉卓氏とピアニスト・吉田朝子氏による、書と音楽のパフォーマンスです。

床に広げられたのは、畳数枚分にもなる大きな紙。この日のために打ち合わせを重ねて選ばれた言葉は、

「響き合う ここから」

でした。

静まり返った会場に流れたのは、フランスの作曲家デオダ・ド・セヴラックによるピアノ組曲『大地の歌』から、「刈り入れ時」と「エピローグ(婚礼の日)」です。

南フランスの自然や農村を題材とし、「大地の香りがする」とも評されるセヴラックの音楽。北海道の大地から生まれたホップの個性を伝えるSORACHI 1984の誕生日に、実によく似合う選曲です。

吉田氏の演奏に呼応するように、小杉氏の筆が大きく、力強く紙の上を走ります。最後の一音の響きと同時に、小杉氏が落款を押して作品は完成しました。

私は書に詳しいわけではありません。それでも、音と筆の動きが重なり、大きな作品が目の前で生まれていく光景には、素直に心を動かされました。

ソラチエースの数奇な旅を描いたオリジナル落語

ブリューイングデザイナー新井健司氏(右)と、アフタートークで盛り上がる林家つる子師匠(左)

林家つる子師匠が披露したのは、SORACHI 1984を題材にしたオリジナル落語です。

物語の主人公は、ビールを苦手としている女性。偶然居合わせた別の女性客からSORACHI 1984を勧められ、その身の上話を聞くうちに、少しずつビールの魅力へ引き込まれていきます。

実は、その女性こそがホップの「ソラチエース」そのもの

北海道で生まれながら、当時の日本では強すぎる個性を受け入れられなかったこと。やがて海を渡り、アメリカのクラフトビール文化の中で価値を見いだされ、世界の醸造家から注目されるホップになったこと。そして、生みの親であるサッポロビールのもとへ帰ってきたこと。

女性の身の上話を追ううちに、聴衆もまた、ほかのホップにはないソラチエースの数奇な歩みを振り返るという構成です。

最後に鮮やかなオチが決まると、会場からは「ほう」と感嘆の声が漏れ、続いて大きな拍手が起こりました。

私自身は、ここまで長く数奇な運命を歩んできたソラチエースに思いを馳せ、思わずほろり。笑いの中にソラチエースの誕生からSORACHI 1984につながるまでの歴史と物語がしっかり織り込まれた、素晴らしい落語でした。

花と香りで表現されたSORACHI 1984の世界

会場の入口には、フラワーアーティスト・藤田あゆみ氏が手がけた装花が飾られていました。

ヒノキやボタニカルを思わせるSORACHI 1984の香りと、誕生日を迎えた弾む気持ちを、ビールの泡のように表現した作品です。

全体を伸びやかに流れる枝葉からは、ソラチエースの爽やかな香りを運ぶ風が感じられました。

味覚だけではなく、書、音楽、落語、花、香りを通じてSORACHI 1984の世界に触れる。今回のイベント全体を象徴するような装花でした。

和太鼓からマツケンサンバへ!会場がひとつになった夜

和太鼓「破魔」による演奏は、広いバンケットホールの空気を震わせるほどダイナミックなものでした。

さらに、正派若柳流師範による盆踊りも披露されました。ソーラン節から始まり、北海道、東北と、ホップの産地に由来する民謡が続きます。

そして最後は、なんと「マツケンサンバ」

きらびやかな照明と陽気なサンバのリズムに包まれ、「皆さんも立ち上がって踊ってください!」と促されると、客席のあちらこちらで参加者が立ち上がりました。サンバのステップを踏む人、手拍子で応える人。それぞれの楽しみ方で音楽に加わり、会場には大きな一体感が生まれました。

圧巻のフィナーレを飾った辻本美博氏

イベントのステージを締めくくったのは、クラリネット&サックス奏者の辻本美博氏です。

辻本氏はインストゥルメンタルバンド「POLYPLUS」のリーダーを務めるほか、映画『Dr.コトー診療所』やドラマ『コンフィデンスマンJP』など、数多くの映画、ドラマ、CMの音楽に参加。SORACHI 1984にも、最初のCM音楽から携わってきました。

SORACHI 1984の世界が少しずつ広がっていく様子を楽しみ、誰よりも誇りに思っているファンの一人なのではないでしょうか。

演奏が始まると、会場の熱気は一気に上昇。参加者はコンサートへ来たファンのように手拍子を送り、最後には大勢がステージ前へ詰めかけ、立ち上がってジャンプして、辻本氏の呼びかけに応えます。

演奏者と参加者の境目がなくなり、会場全体がひとつになったと感じられる、迫力満点のフィナーレでした。

発売8年目、SORACHI 1984は次のフェーズへ

SORACHI 1984が通年発売されたのは、2019年4月。発売から7周年を迎え、現在は8年目を歩んでいます。

ブリューイングデザイナーの新井健司氏は、SORACHI 1984が成長期における次のフェーズへ移ってきたと語ります。

現在のSORACHI 1984には、北海道・上富良野産をはじめとする国産ソラチエースのほか、海外産のソラチエースも使用されています。将来の目標は、100%国産のソラチエースでSORACHI 1984を造ることです。

現在の国内生産量を考えれば、その実現はもう少し先になりそうです。一方で新井氏は、国産ソラチエースだけを使ったビールを、まずは限定醸造として造る可能性について「そのような取り組みも面白いかもしれない」と話しました。

ブリューイングデザイナーの新井健司氏

ソラチエースの国内産地としてよく知られているのは、誕生の地である北海道・上富良野です。さらに昨年からは、東北で栽培されたソラチエースの収穫が本格的に始まり、今年の製造分から東北産のソラチエースも一部使用を開始しています。

興味深いのは、海外産、北海道産、東北産を比較しても、「ソラチエースらしさ」にはそれほど大きな差が現れないという点です。

一般に農産物は、土壌や気候など、産地ごとのテロワールが風味に現れると考えられます。それでもなお共通した「らしさ」を失わないのは、ソラチエースがそれだけ際立った品種特性を持つホップだからなのかもしれません。

「ビールが飲めるようになったきっかけ」という声

新井氏は、さまざまなイベントへ足を運び、SORACHI 1984を飲む人の反応を直接受け止めてきました。

その中で、ここ2~3年、飲み手の受け止め方が大きく変わってきたと感じているそうです。

支持しているのは、クラフトビールに詳しい人ばかりではありません。

「ビールが苦手だと思っていたけれど、SORACHI 1984は飲みやすかった」

「SORACHI 1984が、ビールを飲めるようになったきっかけになった」

そんな声も届いています。

ヒノキやレモングラスを思わせる個性的な香りは、従来のビールらしい苦味や香りに苦手意識を持っていた人にとって、別の入口になっているのかもしれません。

「このビールは、世界を変えるかもしれない。」

SORACHI 1984が掲げてきたこの言葉は、決して大げさな広告コピーだけではありません。少なくとも一人の飲み手にとって、「ビールは苦手」という世界を変える一杯が、すでに生まれています。

100人から約300人へ——広がり続ける誕生祭

SORACHI 1984の通年発売と同じ2019年に始まった誕生祭も、今回で8回目を迎えました。コロナ禍にはオンライン形式で開催しながら、毎年9月5日にソラチエースの誕生日を祝い続けてきました。

昨年は関係者を含め約100名だった参加者が、今年は300名を超えました。全体では昨年の約3倍、一般参加者では約5倍。SORACHI 1984を愛する多くの人々が、ソラチエースの誕生日を祝うために会場へ駆けつけたのです。

由緒あるホテル椿山荘東京の大会場での開催。さらに、決して安くはない参加費を考え、新井氏には「本当に人が集まるのだろうか」という一抹の不安もあったそうです。

しかし、ホテル椿山荘東京そのものの魅力、出演したパフォーマーのファン、そして何より、これまでSORACHI 1984を飲み続け、その歩みを見つめてきたビールファンが集まり、開催の約12週間前には完売しました。

私の知人も後から「行きたかったのに!」と、のんびり構えていたことを悔やんでいました。

「5年後には、日本武道館で開催する可能性も・・・」

新井氏のこの言葉は、楽しいジョークだったのでしょうか。それとも、未来を言い当てる予言なのでしょうか。

日本で生まれ、海を渡り、世界で認められて帰ってきたソラチエース。42年にわたる数奇な物語を思えば、その舞台がいつか武道館へたどり着いても、不思議ではないような気がします。

SORACHI 1984と、その周りに集まる人々が次にどのような景色を見せてくれるのか。これからも目が離せません。

※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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MJ

ビアジャーナリスト/Youtube JBJA Channelプロデューサー

ビールと昆虫とリコーダーと天然石が大好きです。JBJAではイベントサポートやBJAチューターも楽しんで取り組んでおります。人に寄り添う記事作成を心がけ、JBJA公式動画サイトJBJAchannelではMCを担当しております。
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