一般社団法人 日本ビアジャーナリスト協会

600銘柄が並ぶ!大阪・九条の老舗酒屋「マルホ酒店」5代目が切り拓いたクラフトビールの世界

マルホ酒店・九条本店

マルホ酒店・九条本店

大阪・九条。大阪ミナミの繁華街から西へ約3kmのかつて「西の心斎橋」と呼ばれた賑わいの面影を残し、今もなお人情味あふれる空気が流れるこの下町に、ひときわ異彩を放つビールの聖地がある。

明治末期の創業から100年以上の時を刻み続けてきた「マルホ酒店」。5代目代表の情熱によって生まれたその空間は、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本のクラフトブルワリーまで、常時600種類を超える銘柄が所狭しと並ぶ。その光景は、ビールファンならずとも圧倒されるはずだ。

九条本店の店内の様子

九条本店の店内の様子

また、マルホ酒店(九条本店)では角打ち営業も行われており、店内のテーブルや暖簾を潜った先のカウンターで、冷蔵庫から選んだビールをその場で味わうことができる。600種類もの選択肢を前に迷う時間も、ビールファンにとっては至福のひととき。さらに、5代目のお母様がつくる「おでん」や「どて焼き」をビールのアテにいただけるのも、この店ならではの大きな魅力だ。

5代目代表、波々伯部さん(ミナミ店にて)

5代目代表、波々伯部さん(ミナミ店にて)

5代目代表、波々伯部(ほほかべ)広章さんにこれまでの道のりやクラフトビールについての思いを詳しく伺った。

クラフトビールとの出会い:一通の記事と台湾への即断

馨和 KAGUA Rouge (photo by Far Yeast Brewing)

馨和 KAGUA Rouge (photo by Far Yeast Brewing)

筆者:クラフトビールに注力し始めた、一番のきっかけは何だったのでしょうか?
ほほかべさん:実は、最初はクラフトビールのことなんて全く知らなかったんです。きっかけは、当時仲の良かった先輩から「酒屋を継ぐんだったら、これぐらい面白いことをやってみろよ」と、一通のインタビュー記事が送られてきたことでした。それは、クラフトビールブランド「馨和(KAGUA)」を立ち上げた山田司朗さんの記事でした。読んでみると非常に面白くて、すぐに「このビールを扱ってみたい」と思いました。

調べてみるとFacebookで一人だけ共通の知人がいたので、すぐに「紹介してほしい」と連絡しました。すると、たまたまその知人が翌日に台湾で山田さんと食事をする約束をしていたんです。「明日、台湾で会うけど来る?」と聞かれたんです(笑)。当時はまだ学生でしたが、「これは試されているな」と直感し、「行きます」と即答して台湾へ飛びました。

翌晩に台湾でお会いして「何か手伝わせてください」とお願いし、現地の展示会で呼び込みや試飲のお手伝いをしたのが、僕のクラフトビール人生の始まりです。もちろん、行く直前に市内で唯一「馨和(KAGUA)」を置いているバーを探し出して飲みに行きました。その時の味が衝撃的に美味くて。「こんなに面白いビールがあるなら、もっと世の中に広める方が絶対楽しい」と確信しました。

それまでは、地酒(日本酒)の専門店をやりたいと思っていました。伝統ある業界ゆえに「しがらみ」も感じていました。その点、クラフトビールはまだこれからの世界。ここなら自分の手で市場を切り拓いていく面白さがある。そう思ったのが、今のマルホ酒店の原点ですね。

九条本店の店頭の看板

九条本店の店頭の看板

筆者:Kaguaとの出会いから現在までの約10年、今のマルホ酒店を形作る上で、ターニングポイントとなった出来事はありましたか?
ほほかべさん:節目というか、今思い返すと「とにかく無茶なスケジュールでしんどかった」という記憶ばかりですね(笑)。最初は冷蔵庫一台に「馨和(KAGUA)」が2本入っているだけの状態からのスタートでした。

大学卒業後、Web系の会社と組んでサブスクサービスを始めたのですが、ビジネスモデルの理解が甘く、結局うまく軌道に乗らずに終了。そこから「店を頑張らなあかん」と、深夜に一人で近隣マンションに数千枚のチラシをポスティングしたり、自作の商品リストを手に居酒屋へ飛び込み営業をしたり。在庫が回らなければ自分で買い取って飲むしかない、そんな切実な日々でした。

筆者:その苦境をどうやって脱したのでしょうか?
ほほかべさん:オンラインショップに活路を求めました。当時はまだAmazonが自社でギフトを手がける前で、うちで独自に作ったギフトセットが「父の日」に大ヒットしたんです。初回で1,000セット近くの注文が入り、僕とおかん、お姉ちゃんの3人だけでは捌ききれなくて知り合いにも手伝ってもらい、1週間ほぼ寝ずにカレーだけを食べて、ひたすら箱詰めし続けました。これが2015〜16年頃のことです。

社員ゼロで挑んだ「新店」と「インポート事業」の同時スタート

ミナミ店の外観

ミナミ店の外観

ミナミ店の店内の様子:カウンター付近

ミナミ店の店内の様子:カウンター付近

ミナミ店の店内の様子:マルホ酒店が取り扱う缶・ボトルが並ぶ

ミナミ店の店内の様子:マルホ酒店が取り扱う缶・ボトルが並ぶ

筆者:そこから多店舗展開やインポート事業へと繋がっていくのですね。
ほほかべさん:2018年には、南海難波駅横商業施設「Skyo」に新店を出しました(※現在は、難波元町エリアに移転)。実はSkyoの開業と全く同じタイミングで、インポート事業もスタートさせたんです。当時はまだ社員ゼロ。自分一人と家族、そして協力してくれる周囲の人たちの力だけで、店舗運営と未知の輸入業務という二つの大きな柱を同時に立ち上げました。今の土台は、まさにその時期の「無茶」から形作られたものです。

「右から左に流すだけでは面白くない」―インポート事業に込めた危機感

マルホ酒店が直接インポートする海外7カ国・16社の銘柄

マルホ酒店が直接インポートする海外7カ国・16社の銘柄

筆者:なぜ店舗運営と並行して、自らインポート事業まで始められたのですか?
ほほかべさん:きっかけはいくつかありますが、一つは当時の日本のビールシーンに対する「危機感」です。2018年頃、世界ではHazy IPAのブームが起きていました。僕はもともと、クラフトビール業界の「アメリカに追いつけ追い越せ」という熱量の高いカルチャーが好きでこの世界に入ったんです。ところが蓋を開けてみると、欧米との差は縮まるどころか、むしろ開いているように感じました。海外から入ってきた最新のビールが、一日二日で完売してしまう。それは商売としては良いかもしれませんが、僕には「ただ物が右から左へ動いているだけ」に見えて、少しも面白くなかった。誰かが作った流行に乗るのではなく、自分が惚れ込んだブランドを一から丁寧に広めていきたい。そんな「手触り感」のある仕事をしたいと思ったのが、メインの動機です。

また、当時は日本がアジアの他国のクオリティをどこか軽視しているような空気もありました。そんな中、香港で「グワイロ(Gweilo)」というブルワリーに出会ったんです
彼らは「アジア圏から、西海岸よりもフレッシュな状態でアメリカクラスのビールを届ける」という高い志を持っていました。同じアジア圏にこれほど高いクオリティの造り手がいることは、日本の造り手にとっても良い刺激やプレッシャーになるはずだ。そう確信して、最初の一歩として香港からの輸入を決めました。

マルホ酒店・九条本店の店内の冷蔵庫

マルホ酒店・九条本店の店内の冷蔵庫

筆者:現在はヨーロッパやニュージーランドなど、7カ国・約16社と取引があるそうですね。最初からスムーズに進んだのでしょうか?
ほほかべさん:実績がない頃は、とにかく会いに行くしかありませんでした。アイルランドの「Whiplash」へ行く時も、出発直前まで連絡が途絶えてしまって(笑)。「とりあえず○時に行くから、ダメなら連絡して!」と強引に決め打ちしてタクシーに乗ったら、到着直前に「待ってるよ」と返信が来たり。そんな泥臭いやり取りを積み重ねてきたからこそ、今は「マルホが扱っているなら」と信頼してもらえるようになりました。自分たちの手で、ブランドの物語ごと日本へ運んでくる。その苦労こそが、この仕事の醍醐味だと思っています。

九条本店の店舗奥にあるウォークインの冷蔵庫にもビールがびっしりと並ぶ

九条本店の店舗奥にあるウォークインの冷蔵庫にもビールがびっしりと並ぶ

筆者:東京の尖ったビール専門店で、マルホさんのインポートビールをよく見かけます。あちらと比べて、大阪の市場性や受け入れられ方に違いは感じますか?
ほほかべさん:大きく分けて3つの違いがあると考えています。一つは人口の圧倒的な差。二つ目は生活コストの差です。東京はもともと生活コストが高い分、クラフトビールの価格に対する心理的な抵抗(ギャップ)が、大阪よりも小さいと感じます。そして三つ目は、東京の方が「まずは流行りものを試してみよう」という、新しいものに対する許容度が強い点です。対して大阪は、少し保守的な傾向があるかもしれません。「ビールでこの値段なの?」という価格の壁に直面することも多い。そのため、東京のように特定のスタイルにギュッと尖らせたお店が、大阪でどこまで成立するのかは、常にシビアな課題だと感じています。

九条本店の店内にある角打ちコーナーの暖簾

九条本店の角打ちコーナーの様子

九条本店の角打ちコーナーの様子

5代目代表のお母様がつくる大阪名物・どてやき

5代目代表のお母様がつくる大阪名物・どてやき

造り手は『点』を打ち、酒屋は『面』を捉える。互いの専門性で日本のビール文化を底上げしたい

筆者:これからの展望や、今課題に感じていることはありますか?
ほほかべさん:一番の課題は、これまでどうしても「クラフトビールファン」に向けた発信に閉じてしまっていたことです。これからはもっと、他のジャンルとの「クロスオーバー」を仕掛けていきたい。実は以前から、ソムリエの方々を店に招いて、ワイルドエール(野生酵母を用いたビール)の試飲会や勉強会を開いたりしています。クラシックなワインバーのリストにビールを載せてもらったり、逆に日本酒が好きなお客さんに「これ、日本酒が好きなら絶対ハマるビールですよ」と提案したり。単にラインナップを広げるのではなく、他のお酒とビールの境界線を自由に行き来できる入り口を作りたいんです。酒屋として「味の幅」はフルに網羅しつつ、僕らが本当に広めたい軸を、ワインや日本酒を通じても表現していけたら面白いなと思っています。

造り手と僕ら酒屋では、専門性の役割が違うと考えています。以前、あるブルワーと「造り手は一つの味を追求する『縦の深掘り』が仕事で、僕ら酒屋は市場全体を俯瞰する『面』を見ていくのが仕事だよね」という話をしました。「こんなビールを造りたい」という相談を受ければ、参考になる銘柄を世界中のストックから選んで提案することもあります。今のトレンドや技術を「面」で捉えている僕らと、理想の味を「点」で狙い撃つ造り手。お互いの専門性を交換しながら、日本のビール文化を底上げしていける関係でありたいですね。

ミナミ店のカウンターにたつ波々伯部さん(写真右)と爲(ため)さん(同左)

ミナミ店のカウンターに立つ波々伯部さん(写真右)と爲(ため)さん(同左)


<あとがき>
今回は、突然の訪問取材を快諾していただき、5代目の波々伯部さんには貴重な話を伺うことができ感謝したい。

筆者もたびたびマルホ酒店(ミナミ店および九条本店)をビールファンの一人として訪れているのだが、マルホ酒店はビアバー営業を行うミナミ店もアクセスが便利で良いが、ぜひ一度、九条の本店にも立ち寄ることをおすすめしたい。
それは単にビールの銘柄の数が多いからだけでなく、角打ちのカウンターで一人ビールを飲んでいると、隣のお客さんから「それ、どんな味ですか?」と声をかけられることがある。気づけば互いに選んだボトルをシェアし合い、ビールについて語り合う。そんな光景が、ここでは日常茶飯事なのだ。

さらに、ここは「大阪らしい」場所で、おかん(5代目のお母様)が作るどて焼きやおでんをつつきながら、居合わせたビールファンと世界中のビールを味わう。そんなユニークで贅沢な体験こそが、マルホ酒店の面白さだと思う。

訪問した店舗情報

マルホ酒店 九条本店
住所:〒550-0025 大阪府大阪市西区九条南2-16-11
地図行き方:大阪メトロ 中央線または阪神電車 九条駅より徒歩8分
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営業時間:月・水・金 11:00 – 22:00、火・木 11:00 – 20:00、土 11:00 – 18:30、祝日 不定休・日曜は定休
※立ち飲み営業は、月・水・金 17:00 – 22:00(L.O. 21:30)

マルホ酒店 ミナミ店
住所:〒556-0016 大阪府大阪市浪速区元町1-4-12
地図行き方:大阪メトロ 御堂筋線・四ツ橋線 なんば駅より徒歩2-3分
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営業時間:Open 17:00 – 23:00(日・祝は15:00 – 22:00)、定休日は木曜

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※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。

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モリイクオ (ikuo mori)

ビアジャーナリスト / Beer journalist

大阪出身。東京在住。ビアジャーナリスト&ビアテイスター。
学生時代に滞在した北米やヨーロッパで初めてピルスナー以外のビールと出会う。まだ見ぬビールの世界があると思うとワクワクする。主に旅先で出会ったビール、ビールにまつわる話を紹介している。