北海道ブルワリー探訪vol.2【しもかわ森のブルワリー/下川町】

〈画像提供:しもかわ森のブルワリー〉
3月下旬。雪解けの早い今年の北海道は、車道の雪もすっかり消え、路側には雪の下に隠れていた雑草が顔を出し始めていた。待ちに待った春の訪れを感じる季節だ。山道をドライブすればエゾシカやキタキツネに出会い、田園地帯ではハクチョウが餌をついばむ姿も見られる。北海道らしい風景に思わず気持ちもほころぶ。
そんな中、札幌市街地から約220km離れた道北・下川町にある「しもかわ森のブルワリー」を訪ねた。
下川町は旭川市から約90km、車で1時間半ほど北上した場所にある人口約2,800人の町だ。スキージャンプ界レジェンドの葛西紀明選手の出身地として知られている。森林資源が豊富で林業が盛んなほか、小麦の産地でもある。
この町でビール造りを行っているのが、中村隆史さん(ビアジャーナリストアカデミー18期生)と紀久美さんご夫婦だ。実はお二人とも、もともと下川町とは縁がなく、訪れたことすらなかった。その土地でビール造りを始めた経緯や、その想いを伺った。

国道沿いで分かりやすいところにあるビアバー併設の醸造所
目次
ビール造りをするきっかけ
お二人はともに札幌市出身。隆史さんは半導体エンジニアとして働いていたが、以前から関心のあった農業に挑戦したいと考え、40代後半で転職を意識するようになった。札幌に住みながら週末には車で30分ほどの隣町へ行き、親戚の農地で家庭菜園を続ける中、土に触れ作物を育てる暮らしに魅力を感じていった。
しかし、実際に就農を考えると、機械の購入や土地取得などで数千万円規模の資金が必要となる上、多くの支援制度に「50歳までに就農開始」の条件があることが分かる。現実的に難しいと判断し、農業を断念せざる終えなかった。
それでも農業と関わる仕事に魅力を感じ、他にはないかと考える中、お二人が好きだった「お酒(=ビール)」に可能性を見出した。ビールは原料の大麦やホップ、小麦や様々な副原料も農作物であり、農業との関りも深い。

中村さんご夫婦〈画像提供:しもかわ森のブルワリー〉
下川町との出会いと挑戦
ゆったりとビール造りができる場所を探していた時に、下川町の地域おこし協力隊(以下、協力隊)の情報を知る。下川町の協力隊ではフリープロジェクト型で新規事業の担い手を募集していた。役場にビール造りの事業を相談してみると、非常に親身に対応してくれた。選考前から事業の実現性を一緒に考えてくれるなど、町のサポート体制に魅力を感じ、訪れたことのない土地ながら下川町での挑戦を決意。
協力隊は任期3年で、期間内に各自の事業開始ができることを目標としていた。中村さんの着任1年目はビール造りの修行に充て、澄川麦酒(札幌市)で計2週間の実習をし、ビールの知識やネットワーク構築のため、資格取得や講習受講にも取り組んだ。その中でビアジャーナリストアカデミーも受講した。2年目には会社を設立しビアバーを開業、醸造免許の申請も進めた。そして3年目、計画通り自社ビールの販売を開始し、見事に事業の土台を築き上げた。
手作り感あふれる醸造現場
醸造は石見式醸造法を採用。設備は160リットルの仕込み釜が2基、発酵用のフリーザーが6基という構成だ。作業場は非常に清潔で、コンロの背面が鏡のように磨き上げられているのが印象的だった。仕込みに使う道具は手作りのものも多く、購入後に改造もする。ロイター(麦汁を濾す器具)に自ら穴を開けて取っ手を付けるなど、使いやすさを追求した工夫が随所に見られた。瓶詰めも1本ずつ手作業であり、その1本1本に中村さんの思いが込められている。最近では簡易的なラベル貼り機を導入し、作業効率が大きく向上した。こういった機器や資材調達、それから醸造の悩みは、師匠である澄川麦酒の齋藤泰洋さんに相談することで助けてもらっている。

中村さんが映るくらいピカピカ。

6つあるフリーザー

左と真ん中が瓶詰め用の器具。一番右が、かなり作業が楽になったと言っていたラベル貼り機。

お手製の麦芽ミル。電動機の軸をまっすぐ通すのに大変苦労したようだ。
品質へのこだわり
石見式醸造法は酸化の影響を受けやすいと言われることがある。そのため品質管理には細心の注意を払っている。例えばドライホッピングの際には、二酸化炭素を充填しながら投入するなど、酸化を防ぐ工夫を徹底している。手間はかかるが、必ず行う工程だ。
こうした取り組みの積み重ねにより、ジャパン・グレートビア・アワーズでは複数の受賞歴を持つ。これまで最も印象に残っている受賞は、2025年に初エントリーで獲得したケグ部門の南ドイツスタイル・ヘーフェヴァイツェンの銀賞だ。ご自身もヴァイツェンが好きであることに加え、伝統的なスタイルで造り手のコメント付加も出来ない条件の元、すべてのビールが横一線の審査となるため、その舞台で評価されたことが何より嬉しかった。

ジャパン・グレートビア・アワード2025のメダルを店内に掲示
生産量と広がる認知
醸造開始から3年目に入り、仕込み量は月500〜600リットル、年間では6キロリットルを超える規模となっている。徐々に知名度も高まり、販売量も増加している。
道内外のイベントにも積極的に出店しており、それに伴いECサイトで道外からの注文も増えてきた。また、道内外問わず、リピーターのお客さんがイベントに駆けつけてくることもあり、着実にファンが増えている手ごたえも感じている。

仕込みの様子〈画像提供:しもかわ森のブルワリー〉
副原料のトドマツ
しもかわ森のブルワリーの特徴の一つが、すべてのビールにトドマツを副原料として使用している点だ。トドマツは下川町の町木であり、土地の個性をビールに反映している。原料となるトドマツは、自ら許可を得て採取している。
使用するのは葉だけでなく枝も含まれ、湯通しによる殺菌処理後に投入している。スタイルごとに使用量を調整し、多い時で160リットルの仕込みに対して約50gを使用する。特にペールエールとの相性が良く、最も多く使用している。一方で他のスタイルではバランスを崩すため、細かく調整している。ホップの品種には松のような香りがするもの(例えばチヌーク、シムコーなど)もあり、トドマツはビールとの相性は良い。
トドマツの香りに関して、2025年の品評会に出品したビールで、その香りがオフフレーバーとして指摘されたことがあった。造り手としては意図的に加えている香りであるため、本当は説明が必要だった。その経験を踏まえ、分量の調整だけでなく、品評会ではエントリーするビアスタイルの選定も重要だと改めて学んだという。ビアジャッジの資格を保有する中村さんだからこそ、審査側の指摘も理解できた。

副原料のトドマツ。これで10gほど。

森へ行き、自らハサミで採取〈画像提供:しもかわ森のブルワリー〉
地元の原材料の活用
定番のヴァイツェンで使用している小麦麦芽は、下川町産の小麦「はるきらり」。北海道生まれの小粒の春まき小麦で、品種開発に携わった方が下川町で栽培している品種である。町の特産品である小麦の価値を大事にしながら、ビール造りに活かしている。
近年は町内で栽培されたホップの使用も始めた。品種はクリスタルとカスケードで、2025年の収穫時には農家が乾燥機を用意し、乾燥ホップとして仕上げてくれた。
数少ないが収穫後そのまま冷凍保存したホップもあり、今回そのホップと浦幌町産の有機麦芽を使用した「SPICA(スピカ)」というブロンドエールを3月下旬に限定リリースした。地元のホップを使った初めてのビールにもなった。
そのほかにも地元のイチゴやもち米など、地域の素材を積極的に取り入れている。

下川町産の小麦「はるきらり」。サイズは小ぶり。

下川町上名寄地区産のホップ・カスケード
星をモチーフにしたラベル
ラベルには下川町の象徴であるトドマツが描かれ、商品名には星の名前が付けられている。お二人は資格を取得するほど天体観測が好きで、その趣味がビールの名前にも反映されている。
星の名前は、ビールの発売時期に見られる星や星座の中から、ビールのイメージに合わせて選んでいる。現在は一等星から選んでいるが、一等星は全21個なため「いずれネタ切れするかもしれません。段々マニアックな星の名前になると思います」と笑っていた。
最近ではラベルデザインも刷新し、より星らしさを強調したデザインへと進化。ECサイトでは定番商品を「冬の大三角」、シーズナル商品を「夏の大三角」と展開しており、セットのネーミングセンスも印象的だ。

左が新デザインのラベル。新たに星が付いた。地域がわかりやすいように「北海道」と記載。
工場併設のビアバー
毎週のように常連客が訪れる。下川町は宿泊施設が少ないため、来店客の多くは地元の常連だという。下川町の木材を使ったぬくもりのある落ち着いた空間で味わう地元のビールは、特別な時間を演出してくれる。

カウンタ、テーブルは下川町の木材。とても落ち着きのある良い空間だ。
定番ビールの紹介
〈画像提供:しもかわ森のブルワリー〉
定番3銘柄がビールの品評会で受賞歴あり!
・PROCYON(プロキオン)
ビアスタイル:ピルスナー
ジャパン・グレートビア・アワーズ2026 銀賞受賞・SIRIUS(シリウス)
ビアスタイル:ペールエール
ジャパン・グレートビア・アワーズ2025 銀賞受賞・BETELGEUSE(ベテルギウス)
ビアスタイル:ヴァイツェン
ジャパン・グレートビア・アワーズ2025 銀賞受賞
新しいビール造りにも挑戦
しもかわ森のブルワリーのビールは、町内や近隣の原材料の使用も増えており、地域を代表する特産品にもなってきた。原材料価格の高騰が続く中でも、下川町の素材を使い続けたいという思いは強く、今度は廃棄される部分を活用したサステナブルなビール造りにも挑戦を考えている。お二人の道北の地で奮闘する姿に、これからもファンが増えるだろう。地域の素材を生かしたビール造りが、今後どのように発展していくのか楽しみであり、ますます応援していきたい。

笑顔で写真に入ってくれた中村さん。ビールは左側が夏の大三角。右側が冬の大三角。
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noteは中村さんご本人の想いが綴られていてオススメ!
【今後のイベント】
〈北海道〉令和8年5月30日~31日 のまさる2026春
イベントの詳細を過去に中村さんが掲載しているので、こちらをご参考にしてください。(2023春の情報)https://www.jbja.jp/archives/45599
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。










