【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 159~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ弐拾壱
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、完成間近!物語完結時に販売する予定です

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「……つる遅いな」
辺りにはすっかり宵の気配に満ちている。直はそわそわと落ち着かず、蔵に差し込む月明りが揺れる度、何度も外を確認していた。
「ちょっと俺見てこようか?」
今にも出ていきそうなその様子を見て、幸民はため息をついた。
「お前が行ったとて、事態は悪化するだけだ。男ならどっしり構えて待て」
そう言いながら徳利を仰ぐ。しかし幸民もまた、気が気ではないのだろう。先ほどから次々と酒を空にしており、足元がだいぶおぼつかなくなっていた。
「待つ時間」というものは、なんと長く感じるものか。考えないようにしているつもりなのに、悪い想像ばかりを重ねてしまう。もしも酒樽が手に入らなかったら……手に入ったとて、もしそこに酵母がいなかったら……
「ああ!だめだ!やっぱりちょっと行ってくる。遠くから様子見るだけにするから!」
いてもたってもいられず、直が飛び出て行こうとすると、扉がガラリと開いた。
「ただいま戻りました」
そこにいたのは、つると夏、そして源蔵だった。3人の後ろには大きな酒樽を担いだ男たちが立っている。
まさか源蔵本人がやってくるとは思っていなかった直たちは、その場で固まった。眉間に皺をよせ、苦虫を潰したような表情のまま、源蔵は忌々しそうに蔵の中を見渡す。直を見るとふいっと顔をそらし、酒樽を運び込むよう男たちに指示をした。
(おい、どうなってんだ?)
状況を把握しようと直はつるに目をやる。するとつるは目を細め、小さく「だいじょうぶ」と口にした。
「やった!まじか!超感謝なんだけど!」
思わず飛び上がった直を、源蔵が再び鋭く睨む。
「……すんません。ってか、その酒樽中身入ってないか?」
運び込まれた酒樽はずっしりと重く、木肌は新調の光沢を帯びている。蓋の縄の新しさが、中身が生きた酒であることを雄弁に語っていた。
「生きた酒が必要なのだと聞いた。だったら、中身が入っている方がいいだろう」
「そりゃ、そうだけど……でも上納した酒は簡単には持ち出せないんだろ?そんなことして大丈夫なのか?」
直の問いに、源蔵は険しい声を投げ返す。
「いるのか、いらんのか!」
「いります、めっちゃいります!めちゃくちゃありがとうございます!」
「なら使え。酒樽のひとつやふたつくらい、どうとでも出来る」
そう吐き捨てると、どしどしと足音を立てながら戸口へと向かった。そしてくるりとこちらを向くと、射抜くような険しい目で全員の顔を見た。
「つるのことを!お頼み申す」
真っすぐに発せられた声は、まるで空気そのものを震わせるかのようだった。言葉が消える間もなく、深々と頭を下げる。1、2、3……数えるほどの間のあと、源蔵はゆっくりと顔を上げ、そのまま男たちを引き連れ静かに去っていった。
「……やっべ、つるの兄ちゃん怖かったけど、めっちゃかっこよかったな」
緊張から解き放たれ、直はへなへなと壁にもたれかかった。
「ああ、かっこよかったな」
小西は運び込まれた酒樽にそっと触れながら言う。
「酒樽のひとつやふたつ、と言っていたが、上納した酒だ。恐らくお兄さんが紛失した分の補填はしなければならないだろうよ。これはかなり上級な酒。相当な金銭を支払う覚悟で持ってきてくれたんだろう」
「まじか……」
「そう、源にぃちゃんかっこいいでしょ」
つるがにっこりと笑う。
「ただいま、みんな。約束通り酒樽もらってきたよ」
つるは嬉しそうに両の手を胸元で握りしめ、小さく跳ねるように身を揺らした。よく見れば、その目は少し赤く腫れあがっている。
「よくやった!」「すごい!」「よくあんな堅物そうな兄を説得できたわね~」皆、称賛の言葉を口にし、つるを取り囲んだ。
「えへ、ありがとう。まぁちょっと大変だったけどね」
つるは皆の顔をゆっくりと見渡した後、まっすぐに酒樽を見つめた。
「これでびいる造りを進められるよね!さぁ、さっそく始めよう」
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









