【連載ビール小説】タイムスリップビール~黒船来航、ビールで対抗 151~蔵の才人と傾奇ブルワー、時を超えた仕込み 其ノ拾肆
ビールという飲み物を通じ、歴史が、そして人の心が動く。これはお酒に魅せられ、お酒の力を信じた人たちのお話。
※作中で出来上がるビールは、現在醸造中!物語完結時に販売する予定です

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「蔵付き酵母」とは、酒蔵の中に自然と住みついた酵母のことだ。蔵の壁や天井、古びた樽や使い込まれた道具にひっそりと息づき、ときには空気中をふわりと舞っている。
一年を通して気温や湿度が安定し、米や麹といった発酵の糧が満ちる酒蔵は、酵母にとってまさに理想の住処。だからこそ、何十年、何百年と酒を造り続けてきた蔵には、いつしか酵母が根づき、そこでしか出会えない味わいを育んできたのだ。
酒を造れば酵母が住み着き、酵母がいればまた酒が生まれる。そんな循環を重ねるうちに、酒造りにふさわしい酵母だけが生き残り、やがてその蔵にしか生み出せない、唯一無二の一滴となってゆく。
「なぜ酒蔵=蔵付き酵母がいると思い込んでしまったのか……」
直は頭を掻きむしった。喜兵寿やつるなどこの時代の人間は酵母など知らない。だからこそ、自分が気づかなければいけなかったのだ。約束の日にちまで14日。ここから一体どうすればいい?
「落ち着け落ち着け落ち着け……」
心臓を何かに突かれるような痛みが走る。息を吸い、目を閉じて、直はジャンプを始めた。すたん。すたん。すたん。
跳ねるたびに響く音と揺れに、意識を無理やり集中させる。
「え~ちょっと~。この人いきなり怖いんですけど~」
金ちゃんの声を無視しながらジャンプをし続けていると、ふっと浮かんできた映像があった。
道修町薬種屋仲間の屋敷。広い座敷で、喜兵寿と小西と一緒にいた。程よくまわった酔いと窓から差し込む夕陽……
『にっしーはさ、酵母が見えてるんだよ!』
――そうだった!
直ははっと目を開けた。小西は酒を飲んだ人間から漂う「色」を見ているといい、俺はそれを「酵母だ」といったのだ。ああ、なぜ忘れていたのだろう。小西は酵母が見えるのだ。
直は小西を起こしに走った。夜中だが緊急事態なのだから仕方ない。勢いよく襖を開けると、そこには書物を読んでいる小西がいた。
「にっしー!寝てるとこ悪い。でもちょっと来てくれ。って、寝てなかったのか」
「考え事をしていたら、眠れなくなってしまってな。何か酒造りについて手がかりがないか調べていたところだ」
直は小西の前に、自分の顔をずいっと出した。
「なあ、にっしーは前に『色が見える』っていってただろ?俺からいま何が見える?」
小西は「なんだ急に……」と言いながらも、目を細めるようにして直の首の後ろ辺りを凝視した。
「……酒を飲んできたのか。焦りの色が見えるな。どうした?」
直は頷くと、「ちょっと来てくれ」と小西の腕を取り、ビール造りをしている場所へと引っ張っていった。
「にっしー、この場所で色が見えるところあるか?天井とか、竈とか、全部みてくれ」
「なんなんだ、急に」
小西はやや戸惑いながらも、直の真剣な様子を見て「わかった」と頷き、ゆっくり蔵の中を見て回り始めた。
ここに酵母がいるのであれば、きっと小西にはそれが見えるはずだ。直は固唾をのんで、小西の一挙一動を見守る。ビールの入った半切り桶に、麹室、まな板に、竈用の木……隅々まで見たのち、小西は口を開いた。
「……特になんの色も見えんな。さすがに天井の梁の裏側までは見えんが、その他は出来る限り見たつもりだ」
「あーーーーーーやっぱりかああああ。だよなあ。やっぱり何にもいないんだよなあ」
自分でも驚くほどの大声だった。奥の部屋からばたばたと足音がして、つると幸民が顔を出す。
「おい、お前何時だと思ってるんだ!馬鹿か。馬鹿なんだろ」
「本当よ。ひょっとして酔っぱらい?いい加減にしてよね」
「悪い、でも緊急事態なんだ」
直は息を吸い込み、集まった皆に向かって声を張った。
「このままではビールは完成しない」
※このお話は毎週水曜日21時に更新します!
協力:ORYZAE BREWING
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。









