黒麹による米麹ビールの覚醒!ついに実を結んだ、6年越しの挑戦
「もし鎖国が続いていたら、日本ではどんなビールを醸造していただろうか」
そんなユニークな発想の下、麦芽を一切使用せず、麹でビールを醸すオリゼーブルーイング。型にとらわれない、突拍子もない挑戦をし続けるこのブルワリーにわたしはすっかり魅了され、2021年からの4年間にわたり、その軌跡を追い続けてきました。

オリゼーブルーイングの主な挑戦:
・麦芽から糖を生み出す代わりに、麹を使って米や麦のでんぷんを糖に変え、ビールを醸造する
・通常ビール造りには使用しない、黒麹を使ってサワービールを醸造する
・酵母無添加、蔵付き酵母で自然発酵ビールを醸造する
・麦芽由来の香ばしさを出すために、麹の技術を用いて米をモルトにする新たな技術を発見、ビールを醸造する
ブルワーである木下伸之さん(以下、木下さん)は醸造家であり研究者であり、アーティスト。そのお話を聞くたび、麹、酵母などといった目には見えないモノたちの世界が、色を持って立ち上がります。

オリゼーブルーイング木下伸之さん
「米を使ったうまいビールを造る」というゴールに向かって繰り広げられる木下さんの試行錯誤は繊細でありダイナミック。それがまるで長編小説のようで、「次はどうなるのだろう」と、ページをめくるのが楽しみで仕方ありませんでした。
そして今回――
ひとつの章がついに完結します。最初に出来上がった「オリゼーペールエール」から早6年。第一章の終結であり、次の章の幕開けでもある「パラレルIPA」が完成しました。その全貌を、ここでご紹介したいと思います。

グラスに注いだ瞬間、ストーンフルーツや桃を思わせる香りがふわりと広がるパラレルIPA。穏やかに立ち上るホップ香と、爽やかな苦みが印象的な1本です。
とてもおいしいIPAなのですが、いままでのオリゼーブルーイングを飲んできた方であれば、きっと「あれ???」とびっくりするはず。麹の香りが印象的ないままでのビールとは異なり、ホップの香りが鮮やかに前面に現れているのです。

どうしても淡麗になりがちな米麹のビールに、香ばしさを出すため開発した「オリゼーモルト」完成から1年半。
モルト感の次は、ホップの香りを味方につけることに成功したのか……!そう思い木下さんにお話を聞くと、びっくりするような内容が次々飛び出してきたのです。
目次
パートナーのAIと一緒に導き出した、誰も気づかなかった事実
――パラレルIPA、トロピカルな香りでとってもおいしかったです。いままでのビールとは大きく異なる味わいですね!
木下さん:ありがとうございます!実は今回「とある技術」を模索していく中で、副産物的にホップの香りが強くでる方法を見つけたんです。
――「とある技術」とは、一体何なのでしょうか?
木下さん:発酵にかかる期間を短くする技術です。麹を使ったオリゼーブルーイングのビールは、いまま発酵に2か月以上かかっていました。他社のビールは長くても1ヵ月程度なので、その倍以上。
醸造期間が長くなると、ご提供できる量も限られてしまいます。より多くの人に楽しんでいただくために、どうにか生産性を上げることはできないか……それをずっとAIと一緒に考えていたのですが、ついにそれを解決する術を見つけたんです。

――すごい!AIと一緒にというのが今っぽいですね
木下さん:はい。AIを使うことで、自分では気づかない部分にも目を向けることができるので、様々な場面でパートナーとして利用しています。
なぜうちのビールだけがこんなにも発酵期間が長いのか……様々な理由を考える中で、ふと過去に醸造したビールを思い出しました。それが黒麹を使った「BLACK HEAD IPA」。

このビールだけは、なぜかとても発酵が早かったので、「もしや黒麹に何かヒントがあるのでは?」そう考え、黒麹を手がかりに、AIと一緒に発酵期間を短くする方法を模索していきました。
常識をひっくり返すことで見つけた、黒麹の発酵革命
僕はずっと、「黒麹を使うと発酵が早く進むのは、酸度が高いからだ」と思っていたのですが、実はそうではなく、黒麹が出す酵素の働きが黄麹とはまったくちがうからだ、ということにある時気づいたんです。
そして調べていくと、なんと、それがずっと探していた理想の酵素の性質とぴったり一致していることがわかりました。
――つまり黒麹の酵素の働きで、発酵が早くなっていたということですか!
木下さん:そうです。もう少し詳しく説明しますね。麦芽は麦芽自体が発酵に酵素を持っているので発酵しやすいのですが、うちのビールは麦芽を使用せず米を使うため、麹の力を借りる発酵する必要があります。
酵素はよくハサミや刃物に例えられるのですが、黄麹の酵素は糖をざっくり大きく切り分けるイメージ。そのため、酵母が使える糖になるまで時間がかかり、発酵がゆっくり進む傾向があります。
それに対し黒麹の酵素は「切れ味のいい刃物」のようで、糖を無駄なくスパスパッと細かく切ってくれるため、酵母がすぐに働ける状態になり短い時間で発酵を完了することができるんです。

黒麹を使用し、オリゼーモルトをつくっているところ
ただ黒麹を使うと、一つ大きな問題が生じるんですよね……
――それはなんですか?
木下さん:黒麹を使うとどうしても酸が出てしまうため、酸っぱいビールになってしまうんです。
――あぁ……サワー系ならいいですが、そうじゃない場合には使えないですね
木下さん:そうなんです。黒麹の酵素は使いたいけど、酸味はほしくない。どうにかクエン酸を出さない方法はないか、さらにAIと一緒に考えていきました。
黒麹からしてみれば、いままでクエン酸を出すことを求められてきたわけで、「そんなの無理だよ」って無茶ぶりですよね。でも結果、黒麹を使い、クエン酸をほとんど出さない麹の作り方を見つけたんです。

黒麹
――ええ!?そんな方法があるんですか?一体どうやって作るんですか?!
木下さん:すみませんが、それは企業秘密です!これによって、うちのビールの発酵期間は2か月から3~4週間へと、劇的に短くなりました。
――すごい……酸を出させずに、必要な酵素のみを使用することを可能にしたのですね。見つけたときはどんな気持ちでしたか?
木下さん:AIとのやり取りの中でその方法が出てきたのですが、「は?そんなことある?」と最初は半信半疑でした。
その後実際に実験を繰り返し、成功した時には「チートやん……」って全身脱力でした。詳細お伝えできないのでわかりにくいと思うのですが、正攻法では絶対に気づくわけがないその方法に、「まじかあああああ」っとなりました。
室町時代から続く麹の歴史の中で、こんな黒麹の使い方をしている人は他にいないと思います。
――AIがいたからこそ、発見できた方法なのですね!
木下さん:この時代だからこそ、見つけられた方法だと思います。
黒麹でクエン酸を出さない方法を見つけ、まずは白米ベースの米麹でビールを醸造してみました。次いでオリゼーモルトと黒麹。何回か実験を重ね、うまくオリゼーモルトでも醸造できるようになった時、「ああ、やっとこれでやりたいことをできる、ここからがスタートだ」という気持ちになりました。

オリゼーバケットでの麹つくり実験
そして、黒麹を使うことで醸造期間が短くなるだけではなく、「ホップの香り」が強く出ることもわかったのです。
香り爆発!黒麹が引き出したホップの力
――ホップの香り!これは最初に話していらっしゃった副産物ですね。
木下さん:はい。これは本当に予想もしていなかった副産物でした。
これまでのうちのビールは、ホップの香りが主役というタイプではありませんでした。
というのも、「麦芽を一切使わず、麹で醸す」という独自の醸造工程のなかで、どうしても木質系の香りや糠っぽさ、さらには薬品のようなフェノール臭が出やすかったんです。
そのため、これらの香りとバランスのとりやすいベルジャンスタイルの酵母を使い、あえて個性的な香味を楽しむビールを多く造っていました。
ところが、仕込みに黒麹を使ってみたところ、その状況が一変したんです。フェノール臭が出にくくなり、今まで隠れていたホップの香りが一気に開花。ビール全体の印象が劇的に変わりました。
――ええ!それはなぜですか?
木下さん:実は黄麹がフェノール臭の原因だったんです。後日調べてわかったのですが、オリゼーモルトの籾部分と黄麹が反応してフェノール臭が大量に発生。香ばしさを出すことはできても、独特のにおいを生む原因になっていました。
つまりはオリゼーモルトと黄麹の相性が悪かったわけで、そこをクリアしてくれたのも黒麹だったというわけです。
さらに黒麹を使用するとホップの乗りが良くなり、少量のホップでもものすごい香りが出ることもわかりました。出来上がったビールを他のブルワーさんに飲んでもらいながら、「ホップの量はこれくらいだよ」とお話すると、「これだけでこの香り?!」と皆さん本当に驚かれます。
――香りを強く出したいときには、とにかくホップの量が大事なのだと思っていました。その他にも「どれだけ香りが乗るか」という概念もあるのですね。
木下さん:そうですね。いままではどうにかホップの香りをだそうと工夫していたのですが、黒麹を使うことで、シングルホップでもホップの個性がどーんっと出るようになりました。
例えていうならば、いままでは凸凹ざらざらのキャンバスに、どうにか絵具を乗せていたような感覚。今は真っ白なつるつるのキャンパスに変わったので、すごく筆がのるイメージになりました。なのでいまは楽しくて、IPA系ばかり造っています!
――確かに今回いただいたビールは、ホップの香りがすごく印象的でした。
木下さん:ホップの存在感が変わりすぎて、いままでの常連さんからは「これ本当にオリゼー?」って言われています(笑)
オリゼーモルトによる香ばしさと、ホップの香り。ブラインドテイスティングで、米しか使っていないビールだと当てることは、すごく難しいのではないかなと思います。
ビールのいいところは、何も考えずに楽しむことができるところ。米だから、とか麹だから、とか余計なことを考えずに楽しんでいただけるビールが出来たことがすごく嬉しいです。
遂にスタートラインに
「生産性を高めたい」そんな想いから始まった研究は、結果としてホップの香りをオリゼーブルーイングのビールに与えることに。
6年かけて、米と麹を使った理想のビールを造り上げた木下さん。今後はどんな挑戦をしていくのか最後に聞いてみました。
木下さん:いまやっとスタートラインに立てたな、と感じています。正直、いままでめちゃくちゃ回り道をしてきました。オープンファーメントで失敗したり、バレルエイジドで失敗したり……おいしいビールを造るために、素振りだけは1,000回以上ずっとしてきました!みたいな感じです。
いまはやっとボールが見えるようになった状態。オリゼーモルトを使ったらこんなにおいしいビールを造ることができるんだよ、ともう少しで業界に提示できると思っています。
他のブルワリーさんにも醸造を真似してもらえるような、オリゼーモルトを売ってよと言ってもらえるような、そんな存在になっていきたいです。農家の人へもやっと自信をもって「おいしいよ!」と伝えられるようになったので、お米を使ったビールを一緒に造りましょう、と提案していければなと思っています。
これからも老若男女、すべての人たちに楽しんでいただけるビールを造っていければと思っています!
香ばしさ、ホップ香を身にまとい、米麹で醸すビールは次のステージへ
AIとともに切り開いた新たなビール。6年越しの試行錯誤を経て、いま米麹ビールは新たなフェーズに入りました。
木下さんの描く世界は、まだまだどこまでも広がっています。伝統と革新が交差する、オリゼーブルーイングの挑戦。これからも目が離せません!
商品概要
商品名:パラレル IPA
原材料:米芽麹、米麹、糖類、ホップ
アルコール分:5%
米だけで作られた驚きのIPA
こことは違う世界線、平行宇宙で作られた、そんな異世界のIPAです。
世界初の技術、麹の技術を用いたライスモルトで発芽させた籾に麹を培養し、キルン(焙煎、焙燥)したオリゼーモルトを使用。ホップアロマがストレートに立ち上がる、ジューシーなIPAです。 香りはパッションフルーツ、グァヴァ、パイナップル、アプリコット。
※記事に掲載されている内容は取材当時の最新情報です。情報は取材先の都合で、予告なしに変更される場合がありますのでくれぐれも最新情報をご確認いただきますようお願い申し上げます。







